実質賃金が2か月連続でプラス:総裁選でのデフレ脱却宣言の議論にも影響
実質賃金のプラス化だけでデフレ脱却宣言は難しい
いずれにせよ、長らく低下を続けてきた実質賃金はプラス基調に転じつつあることは確かである。ただし、過去数年の物価高騰の影響から、実質賃金の水準はかなり低く、その状態は短期間では解消されない。従って、実質賃金はプラス基調に転じてもすぐに個人消費に好影響が及ぶとは限らない。 日本銀行の金融政策は、物価動向、個人消費動向、為替動向に大きく影響されるだろう。実質賃金のプラス転換は既に予想されていたことであり、追加利上げ実施時期の判断には大きな影響を与えないと考えられる。 他方で注目されるのは、政府の「デフレ脱却宣言」への影響だ。政府は、デフレ脱却は、「消費者物価」、「GDPデフレータ」、「需給ギャップ」、「単位労働コスト」の4つの指標が安定的にプラスになることを条件としてきた。 内閣府は、今年4-6月期の需給ギャップ((実際のGDP-潜在GDP)/潜在GDP)は-0.6%と、4四半期連続でマイナスになったと推計している。このため、デフレ脱却の4条件は満たされていない。 他方で、実質賃金も、デフレ脱却宣言を出せるかどうかの鍵を握る重要指標と考えられてきた。しかし、実質賃金がプラスに転じただけで、政府がデフレ脱却宣言を出すのは難しいのではないか。それは国民の理解を得られないからだ。 デフレ脱却とは、物価が継続的に下落している状態から脱することを意味するが、国民にとって現在の物価上昇は、政府が目指してきた「良い物価の上昇」ではなく、個人消費を圧迫する「悪い物価の上昇」だ。物価上昇を望んではいない、デフレと呼ばれている時期の方が、物価が安定していて良かったと考える向きも少なくないだろう。 実質賃金がプラスに転じたことだけをもって、政府がデフレ脱却宣言を出せば、「物価高の影響で国民の生活は厳しい」との強い反発を呼ぶことになるのではないか。政府としては、経済政策の成果をアピールするためにデフレ脱却宣言を出したいと考えるが、逆に国民からの強い反発を受けて、政治的には失点となりかねない。それゆえに、岸田政権もデフレ脱却宣言を出せなかったのである。 4日に自民党総裁選への立候補を表明した茂木幹事長は、実質賃金のプラスを定着させて「半年以内に必ずデフレ脱却宣言を行う」と宣言した。実質賃金のプラスは定着するだろうが、個人が物価高騰の打撃を克服し、生活が安定を取り戻したと考えるには半年という時間は十分ではないのではないか。 結局、新政権下での早期のデフレ脱却宣言は難しいと考える。国民目線も含めて、総裁選では、「デフレ脱却宣言」を巡る議論も活発になされていくことを期待したい。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英