観光地はなぜ住みづらいのか? 「行きたい街」と「住みたい街」の違いについて考える
地域愛着を深める要素
ノーベル経済学賞を受賞したケネス・アロー氏は「不可能性定理」において、異なる選好を持つ複数の人々のすべてを満たす公平な意思決定が不可能だと指摘している。この考え方は都市計画にも当てはまるだろう。 また、農業経済学者の大森けんいち氏は、 「地域は固有名を持つことにより他の地域と区別されるのと同時に,その中身も地域資源の結合パタン(それは地域の「個性」である)によって厳然と区別される」 と述べている(「地域経済ネットワークの再構築―地域キャピタルの経済学序説」(第58回地域農林経済学会大会での報告)。 この複雑性は、町の規定不可能性という特質につながっている。これは次のような要素で語ることができる。 ・曖昧な魅力の重要性 ・個人の経験と感覚の重視 ・時間をかけて感じる要素 ・地域コミュニティーの影響 ・変化に対する柔軟性 ・感情的なつながり これらの要素が、地域や町に対する理解を深める手助けとなる。 「住みたい街」には数値化できない要素が多く存在する。例えば、京都の町家での暮らしや地域の祭りへの参加など、居心地のよさや文化的なつながりは観光ガイドブックには載らない魅力だ。 作家の森見登美彦は『四畳半神話体系』(太田出版)のなかで、 「我々という存在を規定するのは、我々が持つ可能性ではなく、我々が持つ不可能性である」 と述べている。この言葉は町選びにも当てはまり、その町の制約や不便さを含めた総体的な経験が、個人にとっての町の価値を決定づける。 「行きたい街」は短期的な体験価値を重視するが、「住みたい街」は時間の経過とともに深まる愛着や発見を重視する。四季の移ろいや地域の営みを通じて、新たな魅力が見えてくる。 住民同士のつながりや地域活動への参加は、数値化できない重要な要素だ。これは観光では体験できない、暮らしのなかでの実感として存在する。 町は時代とともに変化する。観光地化による変化を受け入れつつも、地域の本質を保持していく柔軟性も重要だ。 地域への愛着は、その土地での暮らしを通じて徐々に形成される。近所の人との何気ないあいさつや地域の行事への参加、日々の買い物で顔なじみになる店主とのやりとりなど、ひとつひとつは小さな出来事でも、それらが積み重なることで深い愛着が育まれていく。これは観光客として訪れるだけでは得られない感情的なつながりである。