空から降ってくる「地球外物質X」…素粒子とはいったい何者なのか
138億年前、点にも満たない極小のエネルギーの塊からこの宇宙は誕生した。そこから物質、地球、生命が生まれ、私たちの存在に至る。しかし、ふと冷静になって考えると、誰も見たことがない「宇宙の起源」をどのように解明するというのか、という疑問がわかないだろうか? 【写真】いったい、どのようにこの世界はできたのか…「宇宙の起源」に迫る 本連載では、第一線の研究者たちが基礎から最先端までを徹底的に解説した『宇宙と物質の起源』より、宇宙の大いなる謎解きにご案内しよう。 *本記事は、高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所・編『宇宙と物質の起源「見えない世界」を理解する』(ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。
空から降ってくる「地球外物質X」
私たちは原子でできていて、その原子をどんどん細かくしていくと、アップクォーク、ダウンクォーク、電子という3種類の素粒子にまで分解できます。私たちの身の回りのものはすべて、この3種類の素粒子からできています。では、この宇宙はアップクォーク、ダウンクォーク、電子の3つだけでできているのでしょうか。 実は、この宇宙にはもっとたくさんの素粒子が存在しています。ものをつくっている素粒子は3種類だけなのですが、何もないと思っていた空間をよく調べてみると、いろいろな素粒子が飛んでいたのです。 これらの素粒子は、宇宙からやってくる放射線(宇宙線)が大気中の窒素や酸素などの原子核にぶつかることでつくられます。このようにしてつくられる素粒子の1つがミューオン(ミュー粒子)です。 普段の生活ではまったく聞かない名前です。実は、発見した当時の物理学者たちも「何だ、それは!?」と思いました。というのも、ミューオンはものをつくるのにはまったく関係なく、何に使われているのかがわからなかったからです。ミューオンの役割があまりにもわからなかったために、高名な物理学者が「いったい誰がこんなものを注文したのだ」と叫んだというエピソードがあるくらいです。
いったい、ミューオンって何?
ミューオンは、電子より200倍も重い粒子です。重さ以外は電子と同じ性質をもっています。宇宙線が大気にぶつかって、たくさんのミューオンがつくられ、たくさんのミューオンが、この地上に降ってきています。このミューオンもこれ以上細かくならない素粒子で、大きさは電子やクォークと同じように、10-18メートルより小さいとしかわかっていません。 ミューオンは、1平方センチメートル当たり毎分1個の割合で地上に降ってきていて、私たちの体を通過していきます。もし、ミューオンを見ることができる「ミューオンめがね」があれば、私たちの手のひらを1秒に1個ぐらいの割合で、ポツ、ポツと雨粒のように通過するミューオンを見ることができるでしょう。ミューオンは、電子に変化するという性質があるために、すべて電子に変わってしまいます。 地上で観測される素粒子は、ほとんどが宇宙線と大気がぶつかってできます。地球と宇宙の境目あたりでつくられるので、厳密に言うと、宇宙から降ってくる物質ではありません。 宇宙からの物質が直接地上にやってこないのは残念な気もしますが、そのおかげで地球は守られているとも言えます。宇宙線は、とてもエネルギーが高い放射線の一種です。そのままの状態で地上までやってくると、生物の遺伝子を傷つけてしまい、その傷が多くなると生物は生きていけません。大気とぶつかってたくさんの素粒子ができることで、エネルギーが低くなり、私たちが暮らせるようになっています。 では、遠い宇宙から降ってくる地球外物質は、まったくないのでしょうか? あります。ニュートリノです。 2002年にノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士は、大マゼラン雲で誕生したニュートリノを地球上で観測することに成功しました。ニュートリノは、この宇宙にあるほとんどの物質を通り抜けることができて、しかも寿命が長い(他の素粒子に変化しない)ので、はるか彼方の宇宙の様子を知る手掛かりになることからも注目されています。 ちなみにニュートリノは、ミューオンとは比べものにならないほどたくさん地上に降り注いでいます。その数は1平方センチメートル当たり毎秒660億個。私たちの体を通過するのは毎秒600兆個にもなります。だから、「ニュートリノめがね」をつくることができれば、ゲリラ豪雨のようにニュートリノが地上に降っている様子を目にすることになるでしょう。このニュートリノもまた、大きさがわかっていない素粒子なのです。