植田総裁の記者会見からの示唆-正常化戦略の防衛
「時間的な余裕」の削除
植田総裁は、これまで使用してきた次回の利上げに向けた「時間的な余裕」という表現は今回は使用しないし、もはや不要になったと指摘した。 その上で、「時間的余裕」という表現が、米国経済の下方リスクとそれに伴う金融市場への影響を見極める必要があるとの考えに基づくものであり、足元の経済指標が明確に好転した中で、下方リスクを取り立てて注視する必要がなくなったと説明した。 日銀は事態の推移に沿って次回利上げの考え方を修正してきたことになる。8月初には金融市場が不安定な間は利上げを行わないと説明し、9月会合では金融市場の不安定化の原因は米国経済の下方リスクにあるとして、これを特に注視する必要があると指摘した後、今回はもはやその必要がなくなったという判断を示した。 ただし、「時間的な余裕」を削除しただけでは、金融政策の運営方針が非連続に変わった印象を与える恐れもあった。その意味で、展望レポートに加わった「米国をはじめとする海外経済の今後の展開や金融資本市場の動向を十分注視し、わが国の経済・物価の見通しやリスク、見通しが実現する確度に及ぼす影響を見極めていく必要がある」という表現は、運営方針の連続性を補強する上で意味を持つ。 これらを通じて市場との対話が成功したかどうかには検証が必要な点も残る。8月初の金融市場の不安定化は変動幅で見る限り大きかった一方、金融システムや実体経済の安定を損なうほど深刻かどうかについては、当時から様々な見方もあったからである。 すべては結果論であり、中央銀行が金融と経済の安定維持に慎重さを保つことは不可欠だが、金融政策の正常化という基本方針をうまく守ることは不可能であったかという問いはありうる。 日銀に限らず主要国の中央銀行の経験を踏まえると、金融政策とは切り離した形で、臨時に潤沢な流動性供給を行う用意があるとの姿勢を示すといった選択肢もあったのかもしれない。