植田総裁の記者会見からの示唆-正常化戦略の防衛
利上げの慎重論への対応
日銀が政策金利の緩やかな引上げを通じた金融緩和の修正という方針に回帰することは、国内経済のファンダメンタルズに照らして合理的である。実際、日銀が公表した経済と物価の見通しの基本シナリオは金融市場との間で概ね共有されているように見える。 もっとも、植田総裁が認めたように基本シナリオには様々な不確実性が存在する点を除いても、緩やかな利上げという穏健な戦略に対する慎重論は残存しうる。 つまり、国内経済では、政策金利が低位な現段階でも倒産や廃業は増加しつつあるほか、日銀の金融システムレポートが示唆するように財務面で脆弱な構造をもつ中小企業が存在するとみられる。こうした状況で利上げを進めることは、政治的な反発を受けやすいだけでなく、中小企業の収益を一層圧迫することで賃上げの持続性を阻害する恐れも否定できない。 それでも金融政策の正常化を粛々と進めるべき理由は、主として以下の二つに整理される。 第一に、現在の利上げは経済や物価の動向に即した金融緩和の度合いの調整であり、金融引締めではないことだ。植田総裁が記者会見で説明したように、物価の基調やインフレ期待の改善に即して利上げを行うことは合理的である。 第二に、日本経済が外的ショックに脆弱である点だ。リーマンショックやコロナショックでは震源地でない日本のGDPが大きく落ち込み、回復に長期間を要したことだ。理由は、日銀の多角的レビューで明らかになろうが、金融・財政政策の発動余地が限られていたことと関係している可能性は強い。 そこで問題は、こうした理解を企業や家計、金融市場と共有するのは難しいことだ。前者は、中立金利やインフレ期待という、推計に大きな幅があるだけでなく解釈の難しい概念を参照せざるを得ない。後者は、メリットが実現するのは先の話で、足元ではむしろ利上げのコストが先行する。 加えて、現在は国内の政治情勢が流動化しており、来年の参議院選挙に向けても、成長促進型の経済政策への要請が強まるとの見方がある。そうなれば、利上げの継続に関する政治的な摩擦の可能性も考えておく必要もあろう。 それでも金融政策の正常化戦略を維持するためには、丁寧な説明という「王道」に加えて、利上げによって影響を受ける部門に対する支援策を合わせて講じることも選択肢となりうる。 具体的には、ビジネスモデルや業種の転換を図る中小企業に対して貸出を行う銀行に対して、政策金利よりも低利での資金供給を行うといった措置が考えられる。 筆者も、中央銀行が平時からミクロ的な政策手段を活用すべきでないという原則論に同意するが、25年振りの貴重な機会を活かすとすれば、金融政策の正常化という基本方針を守るための現実解として、利上げ以外の面で柔軟性を備えておくことの意味も小さくないと思われる。