神話・伝説に登場するヘビの「正体」から振り返る古代日本人の信仰と暮らし
三輪山のヘビ神
世界の神話や民話には、動物と人間の結婚が、相手の本当の姿を見たために破たんするという話がある。日本では、初恋の女性がヘビだった、産まれた子どもがヘビだったなどの話があるが、よく知られるのは奈良県・三輪山の神、オオモノヌシがヘビの姿で現れる神話だ。 日本書紀では、孝霊天皇の皇女ヤマトトトビモモソヒメが、夜に通ってきて顔が分からない夫に、朝、その姿を見たいと頼む。夫は、驚かないことを条件に、朝、櫛(くし)を入れる箱を開けてみなさいと告げる。翌朝、妻が箱のふたを開けると、中にいたのは小さな美しいヘビ。ヒメは思わず驚きの声を上げ、恥をかかされたと怒った夫は、山へと去っていく。
古事記にも似た話がある。妻が正体不明の夫の素性を探ろうと、彼の着物の裾に麻糸を通した針を刺す。明るくなってから糸の行方を追うと、糸は戸の鍵穴を通り、三輪山の神の社に続いていた。鍵穴を通れるほど細い、ヘビの姿だったことを示している。 三輪山の麓にある大神(おおみわ)神社の境内には、神の化身の白ヘビがすむとされる「巳の神杉」がある。さまざまなご利益があるが、ヘビが「再生」の象徴でもあるため病気を治す神としても信仰され、疫病が流行すると、生卵をお供えして祈ったという。また、酒造りに関わる伝承もあり、酒の神でもある。今でも杉の木の前には、好物の卵と共に酒が供えられている。
八百万の神々を先導するウミヘビ
うろこのある巨大なヘビの体にシカのような角、らんらんと輝く目に鋭い爪を持つ4本の足、長いひげとたてがみを持つ竜―この空想上の生き物と、ヘビは切っても切り離せない関係だ。 古代中国では、竜は縁起がいいものとされ、権力の象徴だった。海や河川の支配者であり、水や雨を自在に操る水神でもある。中国から日本に竜が伝来したのは、弥生時代、遅くとも3世紀頃と考えられている。竜のような図案が描かれた弥生土器や銅鏡が見つかっているからだ。 「仏教が広まっていく中で、竜のイメージも広まりました。ヤマタノオロチは大蛇ですが、中世には竜の姿でイメージされるようになっていきます」(平藤教授) 日本土着のヘビ信仰が竜神信仰と重なり合い、ヘビと竜の区別は曖昧になっていく。 11月(旧暦10月)日本各地の八百万の神が出雲に集い、人々の縁を結ぶ「神議り(かみはかり)」を行う。一般的には、神様がいなくなるため「神無月」と呼ばれるが、出雲では「神在月」である。 神々が到着するのは出雲大社から1キロほど西にある稲佐の浜だ。高天原(たかまのはら)からの使者が、地上の国を治めるオオクニヌシ(出雲大社の祭神)と「国譲り」を交渉するために降り立った浜である。毎年11月、出雲大社では、稲佐の浜で神々を迎える儀式を行う。神々を出雲大社まで先導するのが、オオクニヌシの神使「竜蛇(りゅうじゃ)神」だ。豊作や、豊漁・家門繁栄などの信仰がある。 この竜蛇神の正体は南海のウミヘビの一種、セグロウミヘビだ。ちょうど神在月の頃、暖流に乗って出雲の沖合に達し、時に海辺に漂着する。出雲地方ではこれを「竜蛇様」と呼び、出雲大社だけでなく、漂着地によって佐太(さだ)神社や日御碕(ひのみさき)神社に奉納する習わしだ。民家でも神棚にまつる習慣があったという。 なぜセグロウミヘビが神の使いなのか。日本で古来信仰されてきた神々は、天上から地上へ降り、用事が済むと天上へ帰るとされたが、海の彼方の常世の国から現世(うつしよ)にやって来て、また海を渡り彼の地に戻るとする考え方もあった。そんな背景から、海を渡って来たセグロウミヘビを、常世の国の神の使いと捉えたのだとする説がある。ちなみに、コブラ科で猛毒を持つそうだ。