どこまでが趣味、どこからが依存?精神科医が分析する、推し活ブームにひそむ「現代の病理」
「キャラクターグッズを収集するオタクの心の闇。そういった先入観でこの作品を読み始めると不意を打たれるかもしれない。」 【画像】「推し活」中の20代社会人女性がSNSで目にしてしまった「最悪な提案」 今年1月に『「推し」で心はみたされる? 』を上梓した精神科医の熊代亨さんが話題の推し活小説『コレクターズ・ハイ』に見る、現代の病理とは。
これは癒し?それとも病み?
キャラクターグッズを収集するオタクの心の闇。そういった先入観でこの作品を読み始めると不意を打たれるかもしれない。もっと広い範囲の読者の心に掴みかかってくる作品である。 主人公・三川は玩具メーカーでカプセルトイの商品開発の仕事に取り組んでいる。だが売れ筋商品をつくる要領がわからず、上司からの評価は低い。そんな彼女のストレスフルな日々の癒しになっているのがなにゅなにゅという架空のキャラクターと、そのキャラクターグッズだ。仕事の合間を縫うように、三川はなにゅなにゅのキャラクターグッズを手に入れようと奔走する。 コスパを意識した合理的な経済感覚を持つ三川だが、なにゅなにゅに対してはお金も苦労も惜しまない。そんな三川の姿から、最近の「推し活」ブームやオタクの経済効果を連想する人もいるだろう。ところが『コレクターズ・ハイ』はそんな彼女の活動を肯定的には描かず、読者にこう問いかける──なにゅなにゅ推しはどこまで癒しだろうか、そしてどこから病みや闇のたぐいだろうか、と。
資本主義という回し車
三川がなにゅなにゅに出会ったのは新社会人として地に足がつかず、仕事にも幻滅していた時期だった。たまたま動画で見かけたなにゅなにゅが「頭に染み込んで」「じわじわと心が解けて」いったという。その心地良さのまま、彼女はなにゅなにゅにのめり込んでいった。 好きなものに出会ってコレクターになっただけとも見えるが、精神科医の目線で見ると、強いストレス下で心地良い行為に出会い、のめり込んでいった過程が危うくも感じられる。特に「自傷行為」「ドーパミン」といった医学の用語も登場する本作品では、つい行動嗜癖(behavioral addiction)という言葉を連想せずにいられなくなる。 行動嗜癖とは、特定の行動に依存しやめられなくなる状態で、摂食障害やギャンブル依存、ゲーム依存などが含まれる。行動嗜癖は、依存の対象が元から好きだった人が陥るとは限らない。不安や失望の渦中にあって、たまたま出会ったそれらが期待以上の喜びをもたらした時、ストンと嵌まってしまうことも多い。三川がなにゅなにゅにのめり込んでいった状況と過程は、そうした行動嗜癖のパターンによく似ている。 それを資本主義の論理が加速する。ものづくりに憧れていた三川の夢を打ち砕いたのは、売上最優先の職場や、ビジネス書をなぞるような上司の言葉だった。そうした資本主義からの傷つきを癒すのも、なにゅなにゅグッズという、資本主義が産みだし企業が仕掛けた商品である。 三川はまるで、資本主義という回し車を回し続け、降りることのできなくなったハムスターのようだ。三川の上司も、成績優秀な三川の先輩も、なにゅなにゅグッズを転売する者も同じだ。