日ハム・田中正義インタビュー「僕がマウンドで笑顔を絶やさない理由」
92万6283票。 7月23日、24日(エスコンフィールド、神宮球場)に行われるプロ野球オールスターの「抑え投手」部門で、12球団トップの票を集める選手がいる(7月1日現在)。 【画像】日本ハムの新守護神・田中正義の素顔 「インタビュー写真」 日本ハムの新守護神・田中正義(29)だ。 なぜ田中の人気は圧倒的なのか。プロ入りから長きにわたるドン底を経験しながら覚醒(かくせい)した生き様が、ファンの共感を得ているからだろう。田中はこう語る。 「今でも安心はしていません。リリーフに失敗したら、スグに守護神の座を失ってしまう。毎回が正念場です」 波乱に満ちた田中の野球人生を、本人の言葉で振り返りたい――。 横浜市(神奈川県)出身の田中が野球を始めたのは、小学1年生の時だ。創価高校では1年生から背番号1を背負い、進学した創価大学でもエースとして活躍した。最速156㎞/hの剛速球を武器に3年秋の東京新大学リーグでノーヒットノーランを達成した田中は「10年に一人の逸材」と注目され、’16年10月のドラフト会議では5球団が1位指名で競合。抽選の結果、ソフトバンクへ入団する。だが、すでに不安の芽は育ち始めていた。 「大学4年の春に右肩が炎症を起こしたんです。あまり気にしていなかったんですが、プロ入り直後のキャンプで再び肩を痛めてしまい……。リハビリの日々で、1年目は一軍の登板はありませんでした」 2年目は開幕一軍入りするも、さらなる絶望が田中を襲う。初登板戦でいきなり本塁打を打たれると、5月には3試合連続で被弾。二軍落ちが決まった。 「これ以上練習しろと言われてもできないと思うほど懸命に取り組んだシーズンでしたので、一軍で歯が立たなかった時はどうしたらいいのかわからなくなっていました。『戦力になっていない』『プロの器じゃなかったのかな』と、気持ちはどんどんネガティブに。一軍に再昇格して活躍するイメージが、まったく湧かない状態が長かったですね。毎年戦力外を覚悟してシーズンを終えていました」 田中は、野球に集中するためにスマートフォンを家に置き球場入りするほどストイックだ。だが、その真面目さが考え込み低迷が長引く一因となったのだろう。 ◆米国の心理学者の本から 転機はプロ入り7年目の’23年1月に訪れる。海外FA権を行使しソフトバンクへ入団した近藤健介の人的補償として、日ハムへ移籍することが決まったのだ。 「(人的補償の)プロテクトから漏れているのは、過去6年間で1勝もしていないのでわかっていた。むしろいい選手の多いホークスで、僕を選んでもらい光栄でした。ちょうど当時はフィジカルを鍛え、なんとかやっていけるのではないかと思っていた時期でした」 移籍直後、春のキャンプのブルペン。田中は、新庄剛志監督から覚醒のキッカケとなる次のような言葉をかけられる。 「力(りき)んでもいいことないから、笑うくらいでちょうどいいよ」 一人で悩みがちな田中の肩をほぐす金言だった。「配置転換」も功を奏す。 「建山(義紀)投手コーチから『リリーフが向いているんじゃないか』と勧められたんです。素直に納得しました。オープン戦で先発として3~4回投げパッとしませんでしたから。さらに球種の少なさ(ストレートとフォーク中心)から、短いイニングを全力で投げるほうが僕に合っていると感じたんです」 ’23年4月21日の楽天戦。リリーフエースの石川直也がケガで離脱したため、田中は7対6で1点リードの9回を任された。だが満塁から痛打されサヨナラ負け……。田中は抑えに失敗した。 「情けなくて頭が真っ白になりました。その後、浮かんだのは『笑うくらいでちょうどいい』という新庄監督の言葉。悩むのではなく、『次は絶対に抑えてやろう』と前向きに考えるようにしました。力んでいいことはない。これが今、僕がマウンドで笑顔を絶やさない理由です」 田中は読書家でもある。 「(米国の心理学者)ブレネー・ブラウンの『本当の勇気は「弱さ」を認めること』という本を読んだんです。ありのままの自分をさらけ出すことが力になると。勇気をもらいました。リリーフに失敗しても結果を受け入れることで、マウンドに立ち続けることができたんです」 迎えた4月26日のオリックス戦。田中はプロ入り初セーブをあげる。お立ち台では心境を聞かれ、約20秒沈黙した。 「涙をこらえるのに必死でした。7年間かかったので……。苦しみ続けた日々を思うと今は奇跡のようです」 正義執行――。ファンに定着した、田中のセーブ成功を意味する言葉だ。昨年は25セーブをあげ守護神に定着した田中が、今季のオールスターでも笑顔でマウンドに上がり「執行」する。 ◆たなか・せいぎ/’94年7月、神奈川県横浜市生まれ。創価高から創価大を経て’17年にソフトバンクへ入団。’23年に日ハムへ移籍し、同年プロ初セーブと初勝利を記録。昨年の成績は2勝3敗25セーブ。188cm、93kg。右投げ右打ち。 『FRIDAY』2024年7月19日号より
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