ヤクルト”ライアン”小川の史上82人目ノーノー達成の裏に隠された「小さな奇跡」と「細心企業努力」
そして西田が好リードで小川の「攻める」という気持ちを引き出していく。無死一、二塁から代打・嶺井を追い込むとインサイドに145キロのストレートを投げ込んでスイングアウト。続く神里はフォークでライトフライ。柴田には3球勝負で、またフォークを使いショートゴロに打ち取って、広岡のミスを帳消しにした。すでに球数は120球を超えていたが、「攻める」という気持ちがボールに乗り移ったかのように球威が衰えることがなかった。 小川がノーノーを意識したのは5回だったという。 「意識したのは? 5回くらいに。そんな簡単にいかないというのはわかっていたので、集中力だけは持って、バッターに向かっていく姿勢だけ、あとはテンポよく、向かっていく姿勢だけを意識していました」 4回までに大量6点の援護点をもらい大胆になれる余裕もできたのか。 ここからギアがひとつ上がった。いわゆるゾーンに入ったのかもしれない。 6回は戸柱、神里と続いた嫌らしい左打者に、いずれもアウトローのストレートで連続の見逃し三振。柴田には四球を出したが宮崎をフォークでスイングアウト。打者の裏をかく1イニング3三振でノーノーへ向けて弾みがつく。 7回一死からはロペスの強烈な打球がサード正面。9回も先頭の山下の鋭い打球がファーストの正面をつくなど、強気の投球は、野球の神様が配剤した「アウトの不思議」とリンクしながら快挙を生み出した。 試合後、敵将のラミレス監督は、「小川は1イニングから最後までよかった。すべての球種がよく、しり上がりによくなっていった」との賛辞を贈った。 最速148キロのストレートと、同じ腕の振りから鋭く落ちるフォークのどちらもカウント球にも勝負球にも使えた。ライアンは自在に、それらを操ったが、実は、プロとして細心の工夫もあった。 この日は、最初からセットポジションで投球したが、セットに入る前に、腹部付近のユニホームを引っ張ってだぶつかせ、それをセットするグラブの上に少しだけ覆いかぶせて「何か」を9イニングを通して隠していたのだ。 ヤクルトOBでもある評論家の池田親興氏は、「おそらく球種のクセを隠したのでは?」と推測する。 「小川の投球スタイルはストレートとフォークの2種類。相手からすれば球種が分かれば攻略しやすい。プロ野球は無意識に出るグラブのちょっとした角度や形の変化などを映像で分析して、球種のクセを盗もうとするが、小川は、そこに気づき、新しいルーティンの中で隠したのではないか。いかに彼が考えて野球をしているのか、ということの象徴だと思う。ストレートもフォークも、そして制球もすべてが素晴らしかった。新境地をつかんだのではないだろうか」 真相のほどはわからないが、池田氏が指摘するように、プロとしての細心の努力が結実させた快挙だったのかもしれない。