「空中テラス」「絶景ブランコ」…逆転の発想で客を呼ぶ!新時代リゾート
ライバルは「ディズニー」「USJ」~白馬に「一戸建て」で覚悟を示す
営業を終えた岩岳の山頂に和田がやってきた。待っていたのは以前の会社の同僚たち。「夏に稼ぐスキー場」を作り上げた主要メンバーだ。2016年、彼らはここで作戦会議をした。会社に大きな危機が迫っていたからだ。 「2015年、2016年の冬のシーズンは壊滅的に雪がなくて、2年連続で大きな赤字になって、スキー場として続ける必要があるのかを問いかけられている時期でした」(和田) このピンチに、和田はメンバーに「ライバルはどこだ?」と問いかけた。 「白馬の中でも一番人気のないスキー場でしたので、八方とか栂池とか『隣には勝ちたい』という世界でした」(当時の同僚・山崎健司さん) だが和田は「ライバルはディズニーやUSJじゃないのか?」と言ってメンバーを驚かせた。 「想像もつかなかったです。そこまで持っていけるのか。休みの日に『ディズニーランドに行こうか岩岳に行こうか』という選択肢になるということだから」(同・宮嶋浩司さん) 「ここをなんとかしなければと、当時は目の前ばかりを見ていたけど、今はスキー客だけでなく、『旅』というテーマで、年間いつでも来てもいいんだというスタンスを共有できて、みんなでそこを目指しています」(山崎さん) 和田は2000年、東京大学法学部を卒業後、農林水産省に入省。地方の一次産業を活性化したいと意気込んだものの、日々の仕事は国会答弁の資料づくりなど、やりたいこととはかけ離れていた。2008年、外資のコンサル会社「ベイン・アンド・カンパニー」に入社。スキーが趣味の和田が白馬に通うようになったのは、この頃だ。 レジャーの多様化が進み、活気を失いつつあった白馬のために働きたいと、2014年に移住。骨をうずめる覚悟で、2017年には一戸建てを新築した。家族を東京に残し、単身赴任。自分の経験やスキルが活かせるはずだと、人生を賭けて取り組んできた。 「白馬でうまくいかなかったら、たぶん全国どこでもうまくいかないんじゃないかと思うぐらい、ポテンシャルがあるところだと思うんです。そこで挑戦をしたいなと」(和田) よそ者の和田の心強い味方が、地元で生まれ育ったズクトチエ共同代表の太田悟だった。民宿を借り上げて宿にする事業を実現させた立役者でもある。太田がいたからこそ、この話に乗ったと、「旅籠丸八」のオーナーだった吉沢篤さんは言う。 「地元の人間が声をかけてきたから、やむなく返事をした。よそ者が来て声をかけても『ちょっと考える』となる。(太田が)地元でずっと生まれ育って、強引さもあったけどね」(吉沢さん) 最初は警戒心があったものの、幼い頃から知る太田が信頼する人なら……と、話に乗ることにしたという。 「部屋を利用している人が多いらしいから、評判がいいんだと思います」(吉沢さん) 「吉沢さんからずっと『悟、頼むな』と言われているので、裏切れないです」(太田)