「海に眠るダイヤモンド」「スロウトレイン」…向田邦子さんの“系譜”受け継ぐ野木亜紀子氏の作品群
笑いと涙は向田作品の系譜
脚本家・野木亜紀子氏(51)の姿が、名脚本家だった故・向田邦子さん(没年51歳)の姿と重なり始めた。野木氏は昨年末に終了したTBSのヒューマンドラマ「日曜劇場 海に眠るダイヤモンド」が好評裏に終わり、正月2日に同局で放送されたホームドラマ「スロウトレイン」も賞賛を集めた。どちらも向田さんが得意だったジャンル。ほかにも2人には共通点が目立つ。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】 【写真】「“超一流”ばっかりじゃん…」 豪華すぎる「海に眠るダイヤモンド」の出演者たち ***
「スロウトレイン」はクスリと笑わせてくれる一方で、目頭を熱くさせるホームドラマだった。向田さんが得意としたホームドラマと同じ系譜である。 「スロウトレイン」の主人公は3人きょうだいの長姉で編集者の渋谷葉子(松たか子)。弟の潮(松坂桃李)の恋人が自宅に来るのを楽しみに待っていたところ、相手は自分の担当する作家・百目鬼見(星野源)で、驚きのあまり全身が固まってしまう。理屈抜きで笑えた。 妹の都子(多部未華子)は葉子に相談なく会社を辞め、韓国に行こうとする。その事情を問い詰めるため、葉子は架空の出張をデッチ上げ、クローゼットの中に隠れて都子を待つ。子供じみていていたが、きょうだいならこんなものだろう。愉快だった。 都子は韓国人の恋人であるオ・ユンス(チュ・ジョンヒョク)からプロポーズされる。だが、断った。22年前にきょうだいの両親と祖母が交通事故死したあと、葉子が自分たちを懸命に育ててくれたからだ。都子は葉子より先に結婚できないと考えた。 都子と潮は、葉子がかつての交際相手・目黒(井浦新)と別離した理由も自分たちにあると思っていた。姉と妹、弟が、それぞれ相手を思う気持ちに胸を突かれた。 ところが、葉子の言葉はウソだったという。「私の結婚がダメになったのは2人のせいじゃありません」(葉子)。都子と潮を別れの理由にしたほうが、分かりやすいと考えたのだ。実際には仕事上の問題で別れたのだという。 都と潮は安堵した。葉子は2人の旅立ちも応援する。都子はプロポーズを受諾。潮も百目鬼と暮らすことにする。 もっとも、葉子の言葉がどこまで真実だったかは定かではない。なにしろ人間は自分のことすらよく分からない。「海に眠るダイヤモンド」もそうだったが、観る側に答えを考えさせるのが野木作品の真骨頂だ。 葉子は終盤で事故死した両親にあてた手紙を心の中で読んだ。冒頭は「このところ寂しさについて考えています」だった。 「これまで寂しさをろくに感じたこともなく、どこか遠い手触りのまま生きてこられました。それはとても幸せな、贅沢な話です。苦労がなかったとは言いません。まだ幼いきょうだいたちを優先して出来なかったこともあります。ですが、それも私の大切な一部です。今、あらためて1人を噛みしめています」(葉子) きょうだいと暮らし、寂しさを味あわない日々は幸せだった。自分を犠牲にしたのは事実だが、それに悔いはない。ただし、都子と潮が家を出ることには侘しい気持ちがある。 葉子はこの胸中を誰かに打ち明けたかったが、ごくパーソナルな内容だから、友人や知人には話したくなかったのではないか。だから両親への手紙という形にした。野木作品らしい繊細さだった。