映画監督・白石和彌が語る「時代劇の可能性」 「海外の人たちって日本の時代劇が大好きなんです」
――藩に忠義を尽くして砦で戦おうとする剣術道場の道場主である兵士郎。無理やり賊軍に入れられて侍に恨みを持っている町人の政。2人の対比が物語を面白くしていますね。
白石:アイアンマンとキャプテン・アメリカみたいですよね。組織のために戦ってきたキャプテン・アメリカは最後に自分の人生を選択したし、アイアンマンはずっと個人主義だったけど最後にみんなのために死ぬ。そういう対比は面白いかなって思いました。でも、笠原さんが描きたかったのは、阿部サダヲが演じた新発田藩の城代家老、溝口内匠だったんじゃないかと思います。
――溝口は言ってみれば本作の悪役キャラですが、必ずしも悪役とはいえない複雑さを持っています。藩を守るために冷酷なこともやってのけるけど、自分の欲望のためではなく全ては藩のため、殿様のため。家族も大事にしている。
白石:溝口は戦禍から藩を守るためにいろんな計略をして領民からは感謝されるけど、その裏ではひどいことをしている。そういう政治家って今もいると思うんですよ。溝口が悪いやつかっていうとそういうわけではなく、彼と同じ立場に置かれたら同じことをする人は多いと思うんですよね。笠原さんが描く脚本の魅力はそういうところで、登場人物それぞれに違う正義があって、それがぶつかって軋轢(あつれき)を生み、人を悲しみの淵に追いやる。そこに完全な悪人はいなくて白黒がつかない世界なんです。
――それぞれの正義が軋轢を生む、というのはつまり戦争を描くということでもありますよね。ウクライナ侵攻が始まる中で、監督は戊辰戦争の話を撮られた、そこでヒーローを描かず、全員を犠牲者として描いているところに、監督のメッセージを感じました。
白石:ありがとうございます。この映画の冒頭に何人か登場人物の名前と役職がテロップで入るんですけど、そこには主人公たちの名前は入っていないんです。「全員の名前を入れたら?」という提案もあったんですけど、そうじゃないんだと。名前を入れているのはゲーム・オブ・ウォーをやっている人たち、安全なところにいて生き残る人たちで、テロップを入れない賊軍の連中は名もなき人たちなんです。彼らが藩を守るために死んだことは領民は誰も知らない。だから名前を入れなくてもいい。実は映画の冒頭からメッセージを入れているんです。