「打てなかったら中国に帰れ」から30余年――女子ソフト・宇津木麗華が貫く指導の流儀
もう一回ゼロに戻して
2021年初頭は、予定していたオーストラリア・アメリカ遠征を国内の高知・沖縄合宿に変更するなど、新型コロナ第3波到来の影響は依然として大きい。五輪開催を含めて今後の動向は予断を許さないが、「金メダルという目標は変わらない。攻めるばかりじゃなく、リラックスして楽しく自分のソフトボールを変えていきたい」と温和な表情を見せる。 「五輪のメンバーにはたった15人しか入れない。『監督ってホント歯がゆいよ』といつも選手に言ってます。選ばれた15人の親、親戚、友達、会社の人はみんな喜びますけど、落とされた16・17番目の選手はどう評価されるか分からない。選ばなければいけない立場にいる自分はそういう事情も全て分かったうえで選考してますし、選ばれた人間たちには『金(メダル)を取れる自分になりなさい』と強く言い続けています。本気で金メダルを取りに行くのであれば、たとえば『今日は掃除機じゃなくて手で掃除してみよう』とか、思いついたことは全部やるべき。外野フライ、スクイズ、エンドランといろんなプレーがあります。そういうのを全部試しておくことで、相手の強みと弱点も分かってくる。どんどんチャレンジしてほしいですね」
自身も、新たな情報やアイデアを得るための努力を欠かさない。読書はその1つだ。「星野仙一さんの本は大好きですし、野村克也さん、落合博満さん、イチローさんの本も読んで参考にしています。もちろん野球関連だけでなく、脳をうまく使う方法にも興味があります。人間の脳神経は12個あると言いますけど、その中でどれくらいの考え方を持てるのかを追求することで、選手たちに何かしらのヒントを与えられるかもしれない。多くの引き出しを持つことが優れた指導者の絶対条件だと思います」 それ以外にも、1日1万5000歩のウォーキングやドライブ、本場仕込みのギョウザ作りなど、さまざまなことをチャレンジと捉えて、勝てる秘策を体得しようと奔走している。日々、前進しながら、2021年3月末に迫るメンバー選考作業にメドをつけること。それが今の指揮官に託された重要命題だ。 「もう1回ゼロに戻してやっていきます。候補メンバー20人は変わらないですけど、本番の顔触れは2020年段階から変わるかもしれない」と厳しい表情を浮かべる指揮官にしてみれば、エース・上野も例外ではない。いかにして世界一の集団を作り上げていくのか。本来ならすでに結果が出ていた東京五輪だが、今はチーム全体が「もう少し準備する時間をもらえた」と前向きに捉えられるようになった。 目指すはもちろん金メダル。その最高の瞬間を迎えるため、宇津木HCはこれからもポジティブマインドで選手たちに寄り添っていく。 元川悦子(もとかわ・えつこ) 1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。