子の才能の発見者である親がやってはダメなこと 親は子どもが生まれて初めて出会う人間である
子どもに健康な自己イメージを持たせるには、存在するだけで愛されるという考えを植えつけてあげることだ。誰と比べることもなく、その子が存在すること自体が無条件に幸せなのだと親が考えていれば、子どもは自分自身を健康に受け入れることができるのだ。 観察者のもう1つの意味は、子どもの固有の姿を「才能」として認めることだ。そして、その才能が何であれ、誰がなんと言おうと揺らぎのない確信を持って守ってあげることだ。
「うちの子は気が弱すぎる」とか「活発すぎて乱暴かも」と心配することもあるだろう。また、欲がなく他のきょうだいに何でも譲る場合もあり、逆に自分の欲求を優先させて下の子をいじめる場合もある。他人から後ろ指をさされたり、のけ者にされることもあるかもしれない。 だが、どんな子であっても、そのなかに隠された可能性を見つけてあげることが、観察者としての親の役目だ。生まれもった感性や性格をありのまま認めて、肯定的な花を咲かせることだ。
■子どものペースを理解して手助けする 親は観察者として、子どもだけの発達速度を理解し、認めてあげなければいけない。子どもごとの違いを理解し、1人ひとりを新たな目で見るということだ。子どもを2人以上育てたことのある母親なら、子どもによってペースが違うということがわかるだろう。教育においては、子どものペースをそのまま受け入れてあげる姿勢が必要だ。 うちの子どもたちも、幼い頃に読み聞かせをしてあげると3人とも違う反応を見せた。長女のヘミンは耳をすませ、全体的なストーリーを素早く理解したし、多様な本を多く読んでほしがった。自分で本を読める年齢になっても、それは同じだった。三女のヘソンも長女と同じく理解が早かったが、好きなジャンルが違った。
この2人と大きく違う姿を見せたのは次女のヘウンだった。ヘウンはゆっくり読むのが好きで、ストーリーに沿って読むというより、細かな部分に気を配っていた。そして、同じ本を繰り返し何度も読むことを好んだ。読むスピードは遅かったが、そうするうちに自然と内容全体を完璧に理解し、記憶した。 2つのうちどちらの方式がいいかを決めることはできない。ただ、速度と理解の順序が違っているだけだ。速く読んで全体の概念を習得することと、ゆっくりでも内容を漏らさず完全に理解すること、どちらにも長所と短所がある。
観察者である親は、子どものペースがゆっくりでも速くても、それを理解し、その子が自身のペースで生きられれば十分だと考えるべきだ。子どものペースを理解して手助けしてあげれば、その子は必ず成長する。
シム・ファルギョン :主婦