介護職を辞める最多の理由は「職場の人間関係」…元経営コンサルタントの介護事業者社長が明かす介護業界独特の事情とは?
大切なのは、「人」への投資
私は、生産性向上のために必要なのは、人への投資だと考えています。 実は、「生産性を高めましょう」という考え方は介護業界内でほぼ一致しているのですが、その手段としては、ICTの導入やDX化が挙げられがちです。以前、当社に視察に来られたある医療法人の方がこうおっしゃっていました。「デジタル環境を整備しても、生産性はせいぜい1割程度しか変わらない」と。 一方で、人のやる気(従業員満足)を高めるとどうでしょうか。 人は、やる気のない状態より、ある状態のほうが生産性が何倍にも高まります。そのため私は、環境の整備だけでなく、職場の従業員同士の「関係の質」を高めることが重要だと考えています。「関係の質」とは、職場で仲間同士が助け合い支え合えているかや、組織の目的が明確で、現場に浸透しているかを示すものです。 一世紀前にアメリカで行われた「ホーソン実験」では、環境や労働条件は、生産性とほとんど相関がないことが分かりました。給料が上がったり休憩時間が長くなったりしても、仕事へのモチベーションは一時的にしか上がらなかったというのは、多くの人が経験があるかもしれません。しかし、職場の人間関係が良好であることは、継続的にモチベーションに影響します。 介護職は低賃金で「きつい・汚い・危険」の3Kがそろった職場だと思われがちですが、だからこそ収入だけの目的で入社する人は少なく、現場の多くの従業員が仕事に誇りとやりがいを持って働いています。 実際のところ最も多い離職の原因は「人間関係」です。公益財団法人介護労働安定センターによる2023年度の調査結果では、介護職を辞めた理由の調査データを見ると、一番多くあげられているのが「職場の人間関係に問題」という答えが34.3%であり、一方「収入が少ない」ことは四番目(16.6%)という結果でした。
人間関係が悪化しやすい、介護業界独特の事情
介護の仕事はある意味、たとえ未経験でも、仕事さえ覚えれば一人前に業務を遂行できます。もちろん資格が必要な仕事もありますが、少なくともデイサービスで行う食事介助や排泄介助、入浴介助といった介護に、資格は必須ではありません。そのため、従業員の年齢層は20代から60代まで幅広く、前職もさまざまです。人によって価値観や職業観が大きく異なるのは、意見が衝突しやすい原因かもしれません。 介護職は、看護師や理学・作業療法士、生活相談員と接する機会が多いのも特徴です。こうした専門職は、施設ごとに国から配置基準が定められています。 これは私個人の印象ですが、特に介護職と看護職はぶつかりやすい印象があり、他社では、両者が衝突してまったく口をきかないという話も聞きます。看護師の方の多くは、介護施設で働く前に医療現場で経験を積んでいます。そのため、「医療的な考え方を優先し、病気の治療や予防という視点からサポートをおこなう」、逆に介護士は、「生活面を重視し、介助をする中で維持・改善させることを第一に考えてサポートをおこなう」。そうした経験や考え方の違いも、すれ違いの要因の一つではないでしょうか。 また、人手不足で従業員が疲弊していることも大きいでしょう。ある介護事業者では、40~50名の利用者の大浴場での入浴介助や、夜勤中のおむつ交換や徘徊の対応を、従業員一人が行うそうです。実際には3人の入浴担当がいても、一人は着替え担当、一人はドライヤー担当で忙しく、浴室担当は一人でいつ事故が起こってもおかしくない状況というわけです。最初は「人の役に立ちたい」という奉仕精神の強かった従業員も、こうした状況で心の余裕を失っていくことは大いに考えられます。