将棋界の今後100年を占う 「観る将」世界化♦九段田中寅彦
生まれ来る世代に期待?
将棋には竜王、名人、叡王、王位、王座、棋王、王将、棋聖の八つのタイトルがあるが、藤井七冠のタイトル獲得数は通算200期いくだろう(羽生善治九段はこれまで99期)。年間勝率がずっと8割以上、あれはプロの成績ではない。8割たまに取る人がいたというのがプロの成績だった。8割切ったことがないなんてそんなばかな話はない。 問題は過密スケジュールで、体を壊さないか。再び八冠独占に戻ると思うが、ピンチはタイトルを二つ、三つ失った時だ。失冠した棋戦は再び下から勝ち進まないといけないからかなり忙しくなる。そこが心配だ。 ただ現状では、ほかの棋士は藤井七冠に一つ勝つのが精いっぱい。全盛期の私でも藤井七冠からタイトルを奪うことができたかどうか。それだけ強い。対等に渡り合える棋士の出現は、まだ生まれていない世代に期待するしかないのではないか。 ♦ファンとの触れ合い 一方で、将来は成績が振るわず対局料だけでは食べていけない棋士も出てくるだろう。人気のない対局にお金を払ってくれるファンがどれほどいるか。安い対局料で日の目を見ない将棋を指させ、時間を拘束するのは「飼い殺し」だ。生産性がいいわけがない。 棋士の公式戦は東京や大阪だけでなく日ごろから地方でも行う。土曜に公開対局をして会場でファンに直接観戦してもらい、翌日曜は地域の将棋大会でファンと触れ合う。私はかつてこんな試みを提案したことがあるが、そういう風景が日常化するといいと思う。プロの将棋は見られなければ意味がない。 ♦夢の実現へ重要局面 女流棋士の西山さんが棋士編入試験の5番勝負に挑んでいる。プロ棋士になるには奨励会という養成機関を経て四段に昇段しなければならない。性別を問わず門戸は開かれているが、これまで奨励会を勝ち抜いて棋士になった女性はいない。女性だけの女流棋士制度は棋士とは別の枠組みだ。 西山さんは奨励会で三段まで上がり、あと紙一重で四段になれなかった。約170人いる現役プロ棋士に女性が一人もいないのは、逆に「奇跡」と言える。男性棋士が100人いれば50人は、時とともに負け組となる。少なくとも西山さんと、編入試験を受けたことのある福間香奈さん(女流五冠)は四段になって、さらに上を目指すレベルだ。 そういう意味で今回の編入試験は、織田信長なら桶狭間だ。紙一重で夢破れて、可能性を持った人間が再チャレンジをしている。将棋界の歴史上、合格すれば初の女性棋士が誕生する重要局面だ。西山さんにはぜひクリアして自らの、そして多くのファンの夢を実現してほしいと願っている。(談) 田中寅彦氏(たなか・とらひこ)76年プロ入りし、94年九段。22年の引退までタイトル(棋聖)獲得1期、棋戦優勝6回。卓越した戦術で「序盤のエジソン」の異名を取り、たびたび勝率一位賞に輝いたほか、升田幸三賞(特別賞)を受賞。日本将棋連盟専務理事を務めた。67歳。大阪府出身。 (了)