将棋界の今後100年を占う 「観る将」世界化♦九段田中寅彦
日本将棋連盟は今年、創立100年を迎えた。藤井聡太七冠の登場で将棋界への注目度は格段に増し、自分では指さなくともプロの将棋を見て楽しむ「観(み)る将」という言葉も一般化しつつある。女流三冠の西山朋佳さんが現在臨んでいる棋士編入試験に合格すれば、史上初の女性棋士の誕生だ。では今後100年、将棋界はさらに発展を続けていけるのか。大胆に占ってみたいと思う。(2024年11月5日のインタビューを編集部でまとめました) 「棋士編入試験」の受験資格を獲得し、報道陣の取材に応じる将棋の西山朋佳女流三冠=2024年7月4日午後、東京都渋谷区 ♦日本にメジャーリーグ 私見では100年後、将棋は世界化が進み、日本のプロ棋士は野球のメジャーリーガーのようになっていると断じたい。将棋の大谷翔平を目指して人々が海外から日本に集まる。世界に広がった観る将のために、各国メディアが相当な金額を用意して放映権を争っているかもしれない。 私がもっとも体に悪いと感じた長時間正座対局は、なくなると思う。棋士の職業病を防がなければならないし、国際化の中、いす対局が増えるだろう。立って指しているかもしれない。ただ、時代を思わせる旅館が保存されていて、畳の上に正座し、脇息に肘を乗せて向かい合う古風な棋戦が残っていてもいいかなとは思う。 駒の文字は漢字であり、ローマ字になったりはしない。柔道ではブルーの道着が導入されたが、基本的な将棋のスタイル、ルールが変わることはないとみる。海外の観る将の人たちも日本文化の「本物」が見たいはずだからだ。 ♦感覚破壊の奥深さ 日本が将棋のメジャーになるとは飛躍し過ぎだろうか。ネットが普及した社会では、自然と将棋の良さ、面白さが伝わっていく。ロシアがウクライナに侵攻した前年、私はオンラインで、現地のウクライナ人の方々に指導対局をした。戦争になった際、彼らが一時避難した際の荷物には将棋盤と駒もあったと聞く。 将棋連盟の海外支部は、在留邦人ではなく、現地の外国の方が主導して設立することが珍しくない。チェスの下地があるから将棋を覚えるのは簡単。チェスなどと異なり取った相手の駒は自分の駒として使えることに奥が深いと感動する。感覚を破壊されるような楽しみがあるようだ。 ♦「人間よりは強い」だけ 観る将自体は昔から存在する。縁台将棋はやっている人より周囲で見ている人の方が多い。歴史上、観る将の「第一人者」は将棋・囲碁の強い者を近くに集めた織田信長だ。時を経て、将棋は人間が人工知能(AI)にかなわない時代を迎えた。コンピューター将棋が実力を競う選手権が開かれているが、AI同士でも勝ったり負けたり。つまり、AIだって何も分かっていない。「人間よりは強い」というだけなのだ。無限とも思える局面をすべて読み尽くすことはコンピューターにもできないから、藤井七冠の勝負手のように時にAIを超える絶妙手が現れる。 ただ、AIの発展で将棋の可能性はさらに膨らんだ。棋士とソフト開発会社がタッグを組み、棋士がソフトの候補手とその勝率予想を映し出す眼鏡を掛けて、巧みにマシンを乗りこなすF1レーサーのように指し手を選ぶ。そんな棋戦があっても面白い。 対局の解説は、AIによる形勢判断や指し手の候補を見ながらできるのでだいぶ楽になった。未来はAIが解説者を務めることもあり得る。言葉も声も似せた谷川浩司(十七世名人)と田中寅彦のアバターが掛け合いをしているかもしれない。 すべてはファンに将棋をどのように見せ、何が提案できるか、これが基本。全世界に観る将がいる。楽しみ方をどうセッティングできるかというのが今後の課題だろう。将棋指しも周りも頭の柔らかい人がどんどん出てくるだろうから変わっていくはずだ。