福島原発事故、国策に抗った元町長「孤高の闘い」。1審だけで9年、「井戸川裁判」傍聴記(前編)
「皆さんが私に複雑な思いを持っていることはわかっている。だが、権利を踏みにじられて、中間貯蔵施設を押し付けられ、これで納得するほうがおかしい。昔、足尾銅山によって壊された村があった。それと同じことになる。元通りに戻せと叫びましょう」 少し離れた木の下に大きな犬を連れて演説を聴く男性がいた。井戸川と近所の幼なじみで、茨城県内に避難中だという。井戸川をどう思うか尋ねると、こんな答えが返ってきた。 「中間貯蔵施設なんて、人の要らないものは私たちも要らないんだから。あまりに馬鹿にした話だよね。井戸川さんが言っていることが正しいのはわかってっけど……。まあ、昔から折り合いがつかん人だよね」
井戸川は2015年5月20日、国と東電を相手取り東京地裁に損害賠償訴訟を起こした。提訴後の記者会見の画像が私の元に残されている。 中央に座る井戸川の左には弁護団長の宇都宮健児弁護士(元日本弁護士連合会会長)、右には事務局長の猪股正弁護士。いずれも消費者問題で高名な〝社会派〟の弁護士だ。2人の他にも災害や公害の問題に取り組む気鋭の弁護士たちが参加した。 ところが約1年後、井戸川は彼らを解任した。この頃すでに各地で起きていた避難者訴訟の定型に当てはめ、双葉町民の集団訴訟を目指す弁護団と対立したのだ。「避難者の集団訴訟になれば、誰もが共有できる被害しか取り上げられず、町長として直面した国策の誤りと復興の欺瞞は争点にならない」。井戸川はそう考えた。
代わって代理人に就いたのは、元検事の古川元晴弁護士たちだった。古川弁護士は2015年に出版された『福島原発、裁かれないでいいのか』(共著)で、東電幹部を不起訴とした古巣の判断に異を唱えた。井戸川はその気概に目を付けた。それから8年が経ち、井戸川は再び弁護団と袂を分かった。弁護団が予見可能性と結果回避義務の議論に傾き、井戸川が町長として経験した事実を元にした書面を取り入れなくなったためだ。 長年取材してきた私から見て、井戸川は決して自分勝手な人ではない。ただ原理原則を曲げていないだけだ。井戸川だけが一切妥協せず、「東電は『事故は起こさない』とだました責任を取れ」「国は被災者を除け者にして勝手に決めるな」と訴え続けている。