「家では包丁使いたくない」カレー店主 柑橘と大葉でさわやかな香りの〝名前のない鍋〟
みなさんはどんなとき、鍋を食べたくなりますか。 いま日本で生きる人たちは、どんな鍋を、どんな生活の中で食べているのでしょう。そして人生を歩む上で、どう「料理」とつき合ってきたのでしょうか。 「名前のない鍋、きょうの鍋」をつくるキッチンにお邪魔させてもらい、「鍋とわたし」を軸に、さまざまな暮らしをレポートしていきます。 今回は、都内でカレー店を開く女性のもとを訪ねました。(フードライター・白央篤司) 【画像】包丁を使わない「さっぱりしゃぶしゃぶ」はこちら 柑橘ですっぱい出汁に <吉野裕美子(よしの・ゆみこ)さん:1974年、神奈川県横浜市生まれ。大学卒業後、映画配給会社を経てラジオ局に入社し、事業部で働く。29歳のとき長野県松本市のカレー店で1年間修業の後、2004年にカレー専門店『ライオンシェア』を代々木にオープン。現在は東京都に夫、息子と暮らす>
ざくりざくりと、キッチンばさみで野菜を切る音が台所に響く。 にらと水菜は10センチぐらいの長めに切り、エリンギは手でほぐして、レタスは手でちぎってゆく。料理人である吉野裕美子さんは、家では包丁を使いたくないといった。 「うちの台所、狭くないですか? まな板を置いたら食材も置けないし、動きにくいから(笑)。キャベツも手でちぎってますよ」 油揚げもキッチンばさみで切る。豆腐はひと口大に切られてパック詰めされたものを買っている。火を使わないときは、コンロの上も作業場だ。カットした野菜をコンロの上に置いた皿に並べていく。きょうの鍋はしゃぶしゃぶとのことだが、大葉も具にされるんだな。野菜たっぷりで健康的なお鍋である。 「でも正治(せいじ)は野菜食べないんですよ。あ、正治は夫の名前です(笑)。小鉢に入れて渡すと食べるんですけどね。肉好きで、豚ばら肉が好物で。逆に子どもはあまり量を食べなくて。11歳で育ち盛りなんですけどねえ」 とっつきやすいというのか、カッコつけないというのか、とにかく吉野さんは話しやすい人だった。本業はカレー専門店のオーナー料理人、住まいは東京の代々木エリアにある。 「ザ・昭和の建物。すごく寒くて、築50年の狭小住宅です(笑)」なんてうかがっていたが、訪ねてみれば内装はきれいでインテリアも整えられ、築数を感じさせなかった。 メモを取りながら聞いていたら、柑橘のいい香りがキッチンにはじけた。思わず顔を上げれば、鍋に張った出汁にゆずが絞られている。 「かつお出汁ですっぱい汁、というのが好きなんです。いつもはレモンでやるけど、きょうはなかったから、ゆずで。鍋は週1ぐらいやりますね。気軽に作れるのと、あらかじめ用意して、みんなで食べ始められるのがいい」