ノーベル賞が見逃したAI研究者、甘利俊一氏「ヒントンはよく粘った」
2024年のノーベル物理学賞は人工知能(AI)研究者であるカナダ・トロント大学のジェフリー・ヒントン氏と米プリンストン大学のジョン・ホップフィールド氏に与えられた。しかしその陰で、「この人が受賞しないのはおかしい」と騒がれている人物がいる。東京大学名誉教授の甘利俊一氏だ。 【関連画像】3層のニューラルネットワークのイメージ図。出力と正解(図では犬)との誤差に基づいて、ネットワークをつくるニューロン同士の結びつきの強さを更新する 甘利氏はヒントン氏やホップフィールド氏より10年以上早い1960~70年代からほぼ同内容の論文を書いていたが、当時はAIの「冬の時代」。注目されぬまま時がたち、後にヒントン氏らが甘利氏の研究をいわば「再発見」する形でAIを盛り上げ、現在の隆盛につなげた。ノーベル賞の授賞理由でも甘利氏は部分的に言及されているものの、本来取り上げるべき重要な業績は見過ごされている。甘利氏に、ノーベル賞についての受け止めやAIの未来について聞いた。 ノーベル物理学賞を人工知能(AI)研究のジェフリー・ヒントン氏とジョン・ホップフィールド氏が受賞しました。驚いたのではないですか。 甘利俊一・東京大学名誉教授(以下、甘利氏):発表の時、ちょうど東京大学でAIについて講義をしていたんです。司会が急に「ヒントンとホップフィールドがノーベル賞を取りました。甘利先生、彼らについて一言お願いします」と言うから本当にびっくりして。 まさかAIがノーベル物理学賞を取るとは、夢にも思っていませんでしたよ。でも、とってもいいことだと思います。物理学という「物」の法則を探求する学問が、情報の分野にまで進出してきた。 AIは未完成ですけれど、これから社会と文明を大きく変えていくかもしれない。その始まりを祝福するような、象徴的な出来事でした。 ヒントン氏の業績はどう評価されていますか。 甘利氏:ヒントンはまず、80年代半ばに起きた神経回路網(ニューラルネットワーク)のブームである「第2次ニューロブーム」の頃に、今もAIの学習手段として一般的な「誤差逆伝播(でんぱ)法」を提唱して、それ以降も面白いアイデアをいっぱい出しました。 ただニューラルネットワークは当時あまり成果が出ず、「アイデアが面白いだけだ」といわれてブームがしぼみました。しかしヒントンはしぶとく粘った。そして2000年代には「深層学習」を打ち出して、12年には画像認識でびっくりするような成果を上げた。それがAIのブームを再び起こしたのです。 当時、(ニューラルネットワークのデータ処理の深さは)「3層」が主流でした。ヒントンはそれを6層にも7層にも増やして、性能をぐっと伸ばした。何十年も「深層学習は絶対役に立つんだ」という信念を持ち続けて、細かな工夫をたくさん積み重ねて、ようやく実を結んだのです。それは素晴らしいですよね。 個人的にも彼をよく知っています。何十年も前から、お互いに論文を読んでいました。ヒントンが16年に(NEC C&C財団が先端技術への貢献者に授与する)「C&C賞」を受賞したときの祝賀会では、ヒントンが「甘利を主賓に呼んでくれ」と言ってくれました。一緒にお酒も飲みましたね。 ノーベル賞の発表後、ヒントン氏に連絡は取ったのですか。 甘利氏:いいえ。お祝いのメールでも送ろうかと思ったけど、いっぱい届いているだろうから(笑)。