まだ、何も終わっていない――甲子園が「消えた」夏、それでも戦うことの意味【#コロナとどう暮らす】
甲子園大会が春夏ともに中止となった。長い高校野球の歴史で、初めてのことだ。突然目標を失い、全国の野球部の指導者、選手たちの間には戸惑いと深い失望が広がった。しかしそんな状況でも、まだ多くの野球部は練習を続けている。何を目標にグラウンドに飛び出していくのか。東北の強豪校を取材した。(ライター:中村計/撮影:遠崎智宏/Yahoo!ニュース 特集編集部、文中敬称略)
突然の中止決定報道
そのとき、聖光学院の監督である斎藤智也(57)はすでに覚悟を決めていた。 2020年5月15日。スポーツ報知が一面で〈20日正式決定 甲子園中止へ〉と見出しを打った。当初、運営サイドは20日に話し合いの場を持ち、6月上旬に最終的な結論を出すのではないかと見られていた。それだけに現場は混乱した。 斎藤は怒りをにじませる。 「福島では、号外まで出たんだから。なんでこのタイミングで、こんな記事が出るの? 記者からじゃんじゃん電話がきて、『中止の方向のようですが……』って聞かれたけど、コメントのしようがないじゃない。正式な発表が出ているわけでもないのに。でも、(中止は)間違いないんだろうなって思った。だから、明日、緊急ミーティングを開いて、選手たちには、中止を前提にして、もう一回、チームを作りなおすぞって言わなきゃいけねえな、と」
福島駅からJR東北本線に乗り換え2駅。伊達駅から500メートルほどのところに聖光学院ある。春夏通算で21回の甲子園出場を誇り、夏は4度、ベスト8入りを果たしている。2008年夏から2013年秋にかけては、県内公式戦95連勝を打ち立てた。また、これまで8人ものプロ野球選手が輩出するなど、東北を代表する強豪校である。 聖光学院は、この夏、福島大会14連覇に挑むはずだった。戦後最長となる13連覇の中には当然、東日本大震災に見舞われた2011年も含まれている。聖光学院はこの13年間、あらゆる苦境を乗り越えてきたチームでもある。 中止の報道があった翌日、斎藤はさっそく選手を集めた。そして、まず目をつむって机に伏せろと指示した。 「今、失望して、野球をやめてぇと思ってるやつがいたら、正直に、手を上げてみろ」 極力、優しく言った。しかし、誰も動かない。手を上げる動作はハードルが高いのかもしれないと考え、今度は全員に手を上げさせた。 「やめたいやつ、手を下げてみろ。そんなに大きく動かす必要はねえぞ。10センチぐらいでもこっちからは見えっから」 服が擦れる音を気にして手を動かせない選手がいる可能性も考慮した。それでも、選手たちの手は今度も、ぴくりともしなかった。 斎藤は目を開けさせ、続けた。 「よし、わかった。だったら、甲子園はなくなっちまったけど、これからまた、夏、一緒に戦おうぜ。今、その意思確認をしたからな。いいな」 そこから約3時間、斎藤は板書をしながら、ミーティングを行った。黒板はびっしり文字で埋まり、一度、全部消したがまた埋まった。再び全部消す。3回目は黒板の半分くらいまでで終わった。選手たちは、それらの言葉を自分のノートに書き留めた。