【スクープの裏側】政界の“ドン”に迫る凶弾…金丸信・自民副総裁銃撃事件の瞬間を撮影「過去の政治家刺殺事件が…」
あえて“全回し”に
「あの日は金丸さんの遊説が3回あったんですけれども、その現場は最後の遊説先だったんですね。前の2回は正面から撮ってたんですが、その3回目は同じ画角でずっと撮ってもしょうがないだろうと思ったので、ステージ向かって左の方にカメラを構えました」 金丸氏は事件当日、実は3回講演していて、事件が起きたのは3回目の講演だった。そのため矢部カメラマンは「ほとんど内容は同じだったので、全部回す(※撮影する)必要はないかな」と考えたが、結局一部ではなく、全てを撮影する「全回し」を選択した。 決定的瞬間を捉えられたのは、この選択のお陰だ。なぜあえて「全回し」にしたのか?矢部カメラマンの脳裏には、ある事件が浮かんでいたという。 「全部回す必要はないかなとも思ったんですが、一応全回ししました。沢木耕太郎さんの『テロルの決算』とかを読んでいて、浅沼稲次郎さんの事件のことが頭の片隅にあったので、基本はそういう時に全回しをするようにしていました」 浅沼稲次郎氏とは、1960年10月12日、東京・日比谷公会堂で演説中に右翼の少年によって刺殺された当時の社会党の委員長だ。この事件が脳裏に浮かんだため、すでに2回撮影している、同じ内容の演説でも、あえて撮影したのだ。 当時の気持ちについて矢部カメラマンは、「全部回すと編集のことも考えろと叱られたりもしたんですけれども、やはり何が起こるか分からないという気持ちはありましたので、全部回しました」と振り返った。スクープ映像の裏側には、カメラマンの地道な努力や信念があったのだ。
カメラを担いで舞台上に
矢部カメラマンが撮影した映像は、金丸氏の周りにSPが集まっている様子の後、激しく揺れる。このとき、矢部カメラマンは三脚からカメラを外していた。大きなカメラを担いで壇上に飛び出し、別の角度から撮影を開始したのだ。 「とりあえず三脚をつけて撮れるものを1通り撮って、そのままカメラを回しっぱなしで三脚から外して、舞台の袖みたいなところにいたので、そのまま舞台の上まで駆け込んで犯人が取り押さえられているところを(カメラで)狙いました。」 金丸氏を撃ったのは、右翼団体構成員の男だった。その男の顔を撮影するため移動したのだ。 「なかなか犯人の顔が見えなかった。しばらく上から狙っていたのですが、今度は頭の左側の後ろの方で、金丸さんの方から音がしたので、振り向いたら金丸さんが警備の人と一緒に退席するところだったので、それを押さえました」
民主主義は脆いもの
歴史に残る事件の決定的瞬間を撮影した矢部カメラマン。あれから30年以上が経過してもなお、政治家へのテロ事件はなくなっていない。 「自分のようなものが言うのはおこがましいですが…やはり民主主義というものは私達にとってとても大事なものです。そしてとても脆いものでもあるので、その大切さをよく踏まえて、丁寧に守っていってほしいと思います。自分たちが意見の異なる相手に対する寛容さを失ってしまったら、たちまち崩れてしまうものだと思います」
フジテレビ