『遅発性芦毛』の発見【獣医師記者コラム・競馬は科学だ】
◇獣医師記者・若原隆宏の「競馬は科学だ」 ジャパンC直後は例年通り、「日本ウマ科学会」の学術集会と、JRAの「競走馬に関する調査研究発表会」が開かれた。 例年通り興味深い発表が盛りだくさんだったが、演題の概要が発表された段階から目を引いたのが「サラブレッドにおける『白色化しにくい芦毛』の発見」。登録が芦毛だが、現役期くらいの馬齢では白くならない系統が見つかり、遺伝学的に裏付けられた。 2021~2023年のJRA在厩馬のうち、登録が「芦毛」であるにもかかわらず、外貌が一向に白くならない個体(遅発性芦毛)が3頭見つかったという。近年の芦毛判定は遺伝子を読んで行っており、「芦毛判定」自体が間違いであったという可能性はまずない。3頭は芦毛の母が共通な半きょうだいで、父はすべて非芦毛。母も白くなりだしたのは10歳からだったという。 芦毛を規定するのは25番染色体にある「STX17遺伝子」で、これは毛根の色素細胞で細胞分裂速度を格段に上げる。色素の”寿命”はおおよそ細胞分裂の回数で上限が決まっている。分裂速度が上がれば、ほかの細胞より先に色素細胞の”寿命”が来て枯渇する。こうして被毛から色(素)が抜けて白くなる。 遺伝子にはタンパク質を構成するアミノ酸の配列をコードしている部分(エキソン)と、タンパク質の形には直接関与していない部分(イントロン)がある。イントロンは遺伝子の発現調節などに関与していることが分かっている。 通常の芦毛のSTX17はイントロンの一部で、非芦毛の同じ部分に比べて3回重複がある。遅発性芦毛の遺伝子を直接読んだところ、この部分の重複が2回と、通常の芦毛とは異なっていた。 家系図からの推定では、母馬でこの種の突然変異が起こり、以下3頭の次世代に、この遺伝子が受け継がれたようだ。3頭の中には牝馬もいて、これが繁殖に上がればさらに次世代以降にも遅発性芦毛が受け継がれていく可能性がある。 昨年6月の当欄で、8歳まで栗毛の外貌をキープしていた馬を紹介したが、彼もひょっとしたら同じ機序の遅発性芦毛だったのかもしれない。 遅発性芦毛は競走期には原毛色の見た目をキープする。遅発性芦毛であることを登録情報に添えた上で、原毛色で登録してもらった方が、ファンには優しいのではないかと思う。
中日スポーツ