指を折られ、身体には刺青を…2時間で2000万稼いだ女性など 『闇金ウシジマくん』作者が月村了衛に語った驚きのエピソード
京都闇社会のハードル
真鍋 『虚の伽藍』、とても面白かったです。主人公の凌玄は錦応山燈念寺派の僧侶であると同時に、宗務を統括する「総局」の職員として働いていますよね。いわば一般の会社員のように、組織に属している。とっかかりのイメージができて、読みやすかったです。 月村 ありがとうございます。やっぱり物語は出だしが肝心だと思っているので、毎回気を配っています。 真鍋 冒頭は凌玄が信心深いお爺さんを助けるシーンから始まり、「ついていきたい」と思えるような主人公像でした。でも京都闇社会のフィクサー・和久良との出会いをきっかけに、宗門上層部に反旗を翻し、どんどん悪の道に進んでいきます。読み進むにつれ、作中で一番ついていってはいけない人物だったのではと思えてきて、その変貌ぶりが爽快でした。 月村 僧侶として凌玄は何を目指し、どう変わっていくのか。彼の成長と変化が最大限面白くなる展開を目指していましたので、そうお読みいただけて嬉しいです。 真鍋 そもそも、どうして京都を舞台に執筆しようとお考えになられたんですか? 月村 編集者と最初に打ち合わせをしたときに、「『欺す衆生』(新潮社刊。2019年山田風太郎賞受賞作)を超える作品をお願いします」と言われましてね。ではどういう作品にしようかと考えていたら、続けて「京都の仏教界を主な舞台にして、そこに闇社会も絡めるのはどうでしょう」と提案されたんです。もともと京都闇社会には興味があって、以前から何度も調べていましたから、私も「それは面白い」と思い、構想を膨らませていきました。 真鍋 さらっとおっしゃいますが、『欺す衆生』を超える作品で、なおかつ京都、それも闇社会まで舞台にするとは、ものすごくハードルの高いオーダーじゃないですか……! 月村 そうなんです。執筆にあたって、改めて相当量の資料を読み込んだのですが、京都の闇社会はもうとにかく複雑なんですよね。 真鍋 取材も非常に難しいですよ。大阪や沖縄のヤクザの方々などは比較的気さくに取材に応じてくださるんですが、京都にはちょっと閉鎖的なイメージがあるといいますか。闇社会のことを知りたいと思っても、どこに行ったら話を聞かせてもらえるのか、全然わからないんです。誰かに取材先を紹介してもらったりしなければ、なかなか入り込めないでしょうね。 月村 真鍋さんほど取材慣れした方でもそうなんですか。 真鍋 一度だけ、とある大物の方がその筋の人と繋がっているということで、紹介していただくことになっていたんですよ。でもコロナの影響でポシャってしまって。結局、京都のヤクザや半グレの方に取材することはいまだにできていません。非常に難易度の高い舞台なのに、月村さん、本当によくここまで書き切りましたね。 月村 連載中はとにかく資料を読んでは書き、読んでは書きという日々でした。 真鍋 執筆にはどのくらいの時間がかかったんですか? 月村 小説新潮で全10回連載させていただいたので、執筆期間としては10ヶ月です。 真鍋 10ヶ月!! そんなに短い期間でお書きになっていたとは! 月村 全10回の連載というのは、私の作品のなかでは長いほうです。月刊誌連載は基本的に全8回で書くようにしていますから。ただ、『虚の伽藍』はまず世界観からして複雑なものでしたし、凌玄の変化の過程を濃厚に描くためにも、書き込めるだけ書き込むべきだろうと思いまして。 真鍋 資料を相当読み込まれたということですが、情報の取捨選択もかなり大変だったんじゃないですか? 月村 ええ。たとえばバブル期の京都闇社会は、闇の帝王・許永中の存在なくして語れません。でも小説で彼を登場させてしまうと、もう収拾がつかなくなってしまいます。 真鍋 きっと許永中の話だけで、別の長編を一本書けてしまいますよね。 月村 京都闇社会は、私自身が理解するだけでも、同じ資料を何度も読み返さなくてはならないほど複雑な世界でした。それに、どんなに面白くても、小説のなかで読者に伝えることができなければ意味がないですよね。冒頭に出てくる土地売却問題など、一部実際にあったエピソードをもとにはしましたが、削ぎ落とさざるを得ない情報も多かったです。 真鍋 小説として利用する情報と削ぎ落とす情報は、どうやって選り分けているんですか? 月村 何か方法論があるのではなくて、言ってしまえば直感です。 真鍋 え、直感ですか。 月村 あまりにも事実をもとにしすぎると、どうしてもノンフィクション作品のようになってしまいます。小説としての完成度を上げるためには、なにか逸脱した要素が必要なんです。そういった要素に昇華できそうな情報を、書きながら直感で選び取っていきました。