贅沢貧乏『おわるのをまっている』【中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界】
針で描かれた立体感のある絵
中井 本チラシは、できあがった台本を読むところからスタートしたわけですね。演劇を見慣れていない方にとっては、戯曲を読むのは苦ではないですか? 白村 読みやすかったです。 渡部 取り扱っている題材がセンシティブだけれど現代的な話で、みんなに共通する悩みも描かれていたのですいすい読めました。 山田 台本をお送りしたあと、おふたりと最初の打ち合わせのタイミングで、白村さんがもうイラストのラフを描いてきてくださって。しかも3つも。「もう全部最高です!」という感じでした。 渡部 3つ出されたときに「え、もう!?」と。 白村 「私が描くならこうだと思うんですが」の話を、最初からしたほうがいいなと思ったので。きょう原画を持ってきたんですけど……。 中井 わー、すごい! 山田 どれも捨てがたくて、結局チラシを2種類つくることになりました。白村さん、作品も素敵ですが、描き方がすごく面白いんですよ。 白村 針で描いています。一度紙を鉛筆で黒く塗り、針で紙に溝をつくって、そこに鉛筆の粉が入るようにするんです。白い部分は一度黒くしてから消しゴムで消して表現しているので、真っ白にはならないんです。色の部分はクレヨンを溶かしながら、手やティッシュで伸ばしてつけています。キズっぽい、ちょっとした立体感によって、さみしさや切なさが出るのかもしれない、と思っているんですけど。 中井 それで独特な雰囲気が生まれるわけですね。公演のときに、ぜひ原画を展示してほしいです! 白村さんはなぜこのやり方で描くように? 白村 版画をやってみたいなという気持ちがあったんですが、工房を構えたり、下準備をしたりが大変なので、もっとパッとできないかなと思ってこの方法にたどりつきました。でもこの方法、黒く塗ってから針でキズをつけながら線を引くので、描いている間って自分でも何を描いているかよく見えないんですよ。 中井 彫刻みたいですね。 白村 あ、そうかもしれないです。見えないし、間違えても消せない。力の加減を間違えて線が変な方向に行ってしまったら、いちからやり直し。でもそれが私には合っていると思います。簡単に直せてしまうと気持ちが入らないので。 山田 今聞いて納得しました。白村さんの絵から感じるいびつな力強さ、ゆがみの面白さは技法から必然的に生まれるものなんですね。 渡部 白村さんはずっと作品を作り続けているので、本当に尊敬しています。作り続けることって、自分との戦いをずっとやることだから。それをやめないで続けているって本当にすごいし、さらに試行錯誤してこの域にたどり着くのはかっこいい。 山田 この素敵な絵をチラシとしてどう配置するかは、渡部さんがやってくださいました。 渡部 いただいた台本を読んで、チラシもあまり暗い雰囲気にしたくないなと。ホテルの方は絵もかわいくて色も明るいから、ホテルから出られない女の人の心情を、絵を大胆に囲うことで表現しようと思いました。あと、作中におばけが出てくるから、おばけの雰囲気をほわほわとした線にしました。色はピンクで、チャーミングなおばけに。 中井 『おわるのをまっている』というタイトルもドキッとしますよね。この文字はどんなふうに? 渡部 最初は手で書いてみたんですが、手書きだと人の心情が伝わりすぎる、「誰かが」おわるのをまっている感じが出すぎてしまったので、きっちりした線を崩した文字で少し機械的な雰囲気にして、距離感をもたせました。 中井 「わたくし知ってございます。~」のフレーズはどなたが? 山田 これは作中に出てくるセリフで。私もですが、劇団員が「ここがいいんじゃない?」と出してくれて、コピーにしました。 中井 靴下の絵のほうのチラシは、ぽつんと感があってまたいいですね。 渡部 この配置も迷いましたが、穴を上から見下ろす感じの、ちょっとした違和感を出したいと思って下に置いて、目線を上から下に持っていくようなデザインにしました。 中井 こちらのデザインは、文字の配置がすごいなと思いました。人の心ってきちんとはいかない、線の上にいるようでいて外れていたりする。それが表現されているなと。空間と文字の入り方、絵の存在感とのバランスがすごく好きです。青い線も素敵。 渡部 これがないとちょっと下に落ちていく感じが強すぎるので、ストッパーとして(笑)。 中井 気づいたらいろんなことがわかって楽しいチラシですね。裏面は? 渡部 裏面は「うまくやりたいのにできない」感覚を出せればと思って、でも読みやすさも担保したかったので、全体を少し斜めにしました。 山田 チラシの裏面のデザインって、情報量が多くて難しいじゃないですか。渡部さんは今回初めてなのに、最初からほとんど直していないんです。ぜんぶの情報がしっかり目に入ってきつつかわいいのでびっくりしました。 渡部 ありがとうございます! 中井 一作品でふたつのチラシを作るのは手間だと思いますが。 渡部 でもやっぱり絵がよすぎて、どちらもちゃんと見せたかったので。 山田 絵を見た時の私たちの「どっちも選べない」という気持ちが形になりました。 中井 紙も2パターンでそれぞれ違いますよね? 渡部 靴下のほうの薄い紙が先に決まりました。自宅のプリンタで出力したものをお見せしたとき、たまたま薄い紙を使っていたんですが、みなさんが「この薄さがいいね」と。 山田 靴下の絵にはぴったりで。ホテルの絵のほうの紙が思いの外廉価だったので、うまく予算内に収まって2パターンが実現できました。