ラクダをめぐる冒険~リヤド(後編)【「新型コロナウイルス学者」の平凡な日常】
いずれにせよ、先進国の研究者たちは、そういう苦労や紆余曲折を経てはじめて、研究に必要な、貴重な検体の入手にこぎつけるわけである。しかし次に起きる問題は、このように苦労して手に入れた検体が、なかなか国際的な研究コミュニティで共有されない、という点にある。苦労した分だけ、「それを自分たちだけで独占したい!」という思惑が働くからだ。 そうなると、ある種の寡占状態ができてしまい、この連載コラムの66話で紹介したような、「研究シーン」の発展を妨げる一因になったりもする。開発途上国との動線を開拓し、苦労して検体を入手した人。その検体をもらって、最先端の研究を進めたい人。それぞれの言い分もわかるが、きれいごとだけでは片づかない、いろいろとなかなかにハードルが高い課題である。 そして実は、国際的な検体共有の大きな妨げになっているのが、「名古屋議定書」と呼ばれる国際条約なのだが、これについて述べると話がかなり長くなってしまうので、今回は割愛する(今回の会議でも、これについては侃侃諤諤[かんかんがくがく]の議論があった)。 新型コロナのように、パンデミックに「なった後」であれば、サーベイランス体制は世界的で整備される。そしてなにより「パンデミック」であるので、検体となるウイルスは、世界中どこにでもある状況になる。こういう状況であれば、寡占的な構図は生まれない。 問題はMERSのように、地域流行に限定される状態、あるいは、パンデミックに「なる前」の状況である。これが今回の会議の主たる議題のひとつでもあったのだが、それをどのようにして解決していくのか、その最適解を見つけることはなかなかに難しい。実際、このコラムの公開を準備していた2024年10月、地政学的には南アジアに位置するパキスタンから初めてのMERS死亡例が報告された(注1)。サウジアラビアからの帰国者らしいが、その詳細はまだ明らかとなっていない。 とにもかくにも大切なのは、国際的な連携、ネットワークである。このような、基礎研究者や医療従事者、獣医師などが協力して、「human-animal interface(MERSの例で言えば、ヒトとラクダの境界線)」にフォーカスする体制のことを「ワンヘルス(One Health)」と呼ぶが、とにかく一筋縄ではいかないジャンルである。 今回の会議では、私自身も独自のネットワーキングに尽力した。また、MERSについていろいろと体系的に学ぶことができたことももちろん収穫だった。フレッシュな気持ちで新しいことを学ぶ楽しさをひさしぶりに思い出した気がするし、とても新鮮で有意義な時間となった。