漱石の孫・半藤末利子「結婚後も〈愛しています〉と言い続けてくれた夫・半藤一利。『週刊文春』編集長時代は、ストレスから離婚の危機も」
◆書くことで耐えられる 父が亡くなると、母を引き取り、8年間、自宅で介護しました。母を見送った後、私はすることがなくなり──確か当時、60代前半だったと思います。 このまま何もせずに老いて、母のように寝たきりになるのはイヤだなぁと思って。ふっと思いついて、朝日カルチャーセンターの文章教室に通うことにしました。 それを夫に告げたら、興奮したように「うれしい」と言って、なんと泣き出したんです。それには、本当にびっくりしました。彼はそれまで何も言わずに、私が「書く」ことをずっと待っていてくれたんですね。あら、思い出語りをしている私まで、涙が出てしまいました。(笑) 課題を提出したら、教室の先生(作家の高井有一氏)から、「半藤さんは書ける人ですよ」と言っていただけた。私、おったまげちゃって(笑)。だって、それまで書いたことがなかったんですもの。 そうしたら、夫の元に来ていた編集者が「ぜひ見せてください」。書き溜めたものをお渡ししたところ、「これは売れますから、私が本にします」と言ってくださいました。
物書きが家に二人になり、私にとっては思いがけず、夫との新しい人生が始まったわけです。夫は書斎で膨大な調べものをしながら書き、私は台所のテーブルなどで書いていました。 彼が原稿に目を通してくれることも。いつも「あなたはもう作家なんです。堂々としていていいんですよ」と励ましてくれました。 戦争の悲惨さを次世代に伝えようと90歳まで仕事をした夫は、幸せな人生だったと思います。 そうそう、彼が亡くなった時、訊きたいことがあったの。「死んだらどこに行くの? そこでまた会えるのよね?」って。愛を教えてくれた最高の伴侶でしたから。 今は日々寂しいけれど、「書く」ことで救われています。何もすることがなかったら、89歳の一人暮らしに耐えられないんじゃないかしら。 振り返ってみると、半藤との結婚が、私の人生をつくってくれた。本当に楽しかったし、悔いはありません。 (構成=篠藤ゆり、撮影=洞澤佐智子)
半藤末利子