マインドフルネスを体験する宿 鎌倉で東京で、茶道・座禅・たき火で集中
■茶道体験、「客」ではなく「亭主」の立場で
2019年、禅にゆかりのある鎌倉市にオープンした「kishi-ke」は、岸氏自身のこうした経験から生まれたリトリート空間。古(いにしえ)の日本の英知に慣れ親しんできた同氏が自ら旅先案内人として、もてなしてくれる。体験できる日本文化もすべて、「知足」のコンセプトに沿うように、その道の専門家と岸氏により考案された深みのある内容だ。 例えば、茶道。一般的な茶道体験では客としての立場で茶わんの持ち方などを学ぶことが多いが、ここでは亭主としての役割を体験する。まずは部屋の掃除から始まり、点前の準備、掛け軸選び、生け花、時間があれば和菓子作りなど。 講師に習いながら亭主としての動きを一つひとつ学んでいくと、心地よい緊張感とともに、日本の古来の茶文化にいかに多くの心遣いと知恵が含まれているのかに気づくだろう。そのことを理解したうえで、講師から振る舞われる一服から、「足るを知る」とは何かを感じ取ることができるはずだ。 「身体を動かしながら集中することで、日ごろは見落としていたもの、感じ取れていないものをつかんでいくことができます。現代人は『ながら作業』が癖になっていますが、日本の古くからの道具は面白いことに、右手で持って左手を添えるというように、物理的にシングルタスクに集中せざるを得ないようにできているんですよ。こういった所作を通して、脳の使い方をスイッチしていく。それを繰り返していくことで、深く思考できるようになります」(岸氏) 「kishi-ke」ではこのほか、香道や華道、神社仏閣を巡るディープな鎌倉ツアーなども人気。香りをテーマにした精進料理の文化体験といったパッケージプランも用意している。
■センスのいい精進料理で「知足」を味わう
「kishi-ke」の世界観を堪能できるものの1つが、朝食だ。調理を担当するのは、「kishi-ke」の美術担当でもある岸仁美氏。動物性の素材は一切使わず、ネギやニンニクなど、五葷(ごくん)と呼ばれる香りの強い野菜も不使用の精進料理が、同氏が工芸作家にオーダーしたというオリジナルの器で供される。もともと禅宗の修行僧が使用する「持鉢(じはつ)」という入れ子の器をモチーフにしたものなど、細部にまで「kishi-ke」のこだわりが感じられる。 目の前の料理に意識を向け、香りや食感をゆっくりと味わってみると、旬の野菜のおいしさが口いっぱいに広がっていく。薄味でも十分に身も心も満たされ、ここでも「知足」を感じることができる。