「どこでも転勤」もう時代遅れ?◆高まる拒否感に企業も対応、背景に何が #令和に働く
◇「転勤強制の廃止」で悲しい退職ゼロに
働き手の価値観や家庭事情の変化を受け、金融機関やインテリア企業などでは転勤制度の見直しが進んでいる。保険業界で他社に先駆けて「望まぬ転勤の廃止」に取り組んだAIG損害保険(東京都港区)では、2018年の合併に伴う人事制度の統合の過程で、転勤見直しの議論が持ち上がった。人事部長の牧野祥一さんは「パートナーの転勤や介護といったやむを得ない事情で辞めてしまう社員がおり、こうした悲しい退職を減らしたかった」と振り返る。 19年4月に旧来の転勤制度を廃止し、社員がライフステージに合わせて、転勤を受け入れる「Mobile社員」か、希望エリアのみで働く「Non-Mobile社員」かを選べる新制度を導入。全国を11エリアに分け、社員は勤務地として希望するエリアと都道府県を申告可能とした。Non-Mobile社員は希望エリア内でのみ働き、都道府県単位の希望も可能な限り考慮される。一方、Mobile社員は希望と異なる異動を命じられることもあるが、その場合は月15万円の手当と家賃補助を受け取れる仕組みだ。 現在、対象である約4000人いる総合職のうち、65%がNon-Mobile社員。希望エリアに偏りはあるものの、Mobile社員の異動で調整できており、業務に支障は出ていない。ただ、「組織の硬直化」という課題も見えてきたそうで、「ずっとメンバーが変わらない事業所では、マンネリ化などで営業成績が落ちてしまうことがある」と牧野さん。人を入れ替えて活性化する必要性を感じ、任期制を取り入れる予定だ。 社員の希望に沿った転勤制度を導入できたAIG損保には、他企業から「どうやって実現したのか」と多くの問い合わせが寄せられているという。牧野さんは「全国転勤型の国内企業がどこも同様の制度をつくってくれたら、日本から悲しい退職をなくせるのでは」と期待を寄せた。 ◇「確かな見返り」で転勤に付加価値を そもそもなぜ日本企業では転勤制度が根付いたのか。ニッセイ基礎研究所の河岸秀叔研究員は、職務や勤務地を定めず新卒を一括採用する、日本の「メンバーシップ型雇用」との関連を指摘。「人材育成としていろいろな部署で社員に経験を積ませたり、事業上の都合から空いたポストに人材を配置したりすることが企業にとって一般的で、こうしたやり方を進めるためには転勤は必要な仕組みだった」と説明する。 河岸研究員によると、転勤制度は夫婦のどちらかが働き、家族帯同での赴任が当たり前だった時代に設計されたもので、現代の家族の形には合わなくなってきた。「共働きをしながら育児や親の介護をする家庭が増え、転勤が家族に与える負担が以前よりも増している」という。 日本の転勤制度はどう変わっていくべきなのか。先に紹介したパーソル総合研究所の砂川和泉研究員は、「昔は、将来の昇進や自分の成長につながるという期待が転勤を受け入れるモチベーションになっていたが、今はこうした不確実なメリットは転勤受諾につながりにくい」と分析。十分な金銭的手当や本人がやりたい仕事内容への変更といった「確かな見返り」を用意し、転勤の負担感を軽減させる対応が求められるという。 時代に合った働き方として、砂川研究員はフルリモート勤務への移行や、一時的な「転勤なしコース」の設定などを提案する。フルリモート勤務については、「人と会わない働き方は個人の好みも分かれる上、社内の人間関係構築がうまくいかなくなるケースもあるため、企業側のフォローが不可欠だ」と強調。転勤なしコースを導入する場合は待遇面の配慮が重要とし、「転勤なしの社員の給与を下げた場合、やる気の低下につながることが分かってきた。むしろ転勤受諾者に手当を上乗せして、モチベーションを維持してもらう対応が有効でしょう」とアドバイスした。 この記事は、時事通信社とYahoo!ニュースの共同連携企画です。