『光る君へ』中宮彰子が自らを「若紫」に重ねたようにまひろが「空蝉」、あの一夜が「夕顔」などモチーフとなる『源氏物語』。では<物語のラスボス>あの生霊は…
◆「五条」「六条」、「夕顔」「朝顔」の対比 当時の平安京では、左京の三条以上が主に貴族や皇族の住む所。源氏の邸宅もこの頃は二条院です。 そして五条は典型的な庶民の街で、六条になると郊外なのですね。下町をはさんだ向こうに高級別荘地があるというイメージでしょうか(だから源氏は六条御息所の邸宅跡を拡大した六条院を建てたのです)。 そういうところから、夕顔は六条御息所とよく比較される書き方をされています。 たとえば夕顔の花自体が、下々の家に咲く白い地味な花という書かれ方なのに対して、六条邸で御息所をイメージする花とされるのは華やかな朝顔の花。 朝顔というと「朝顔」帖の題名にもなる「朝顔斎院」が有名ですが、「夕顔」帖では朝顔は六条御息所の花なのです。 五条と六条、夕顔と朝顔という対比で光源氏の「隠れた恋人」、親友の行方不明の恋人である夕顔と、先の東宮の未亡人である六条御息所が語られているわけです。 なお夕顔に対比される女性はもう一人います。「夕顔」帖の前の「空蝉」帖のヒロイン、後世に「空蝉」と通称される人です。 彼女は伊予介の年若い妻で、光源氏と一夜の契りを結びます。しかしその後は光源氏を拒否し続けます。 それに対して夕顔は、光源氏に迫られると決して嫌とは言わない、なよなよとした女性として描かれる。共に身分の高くない女性ですが、恋のあり方が対照的だとされています。
◆『光る君へ』未登場「夕顔の肝心な場面」について さて、この「夕顔」と「空蝉」は、光源氏と身分違いの女性の恋というテーマで描かれているため、まひろと藤原道長の恋を重ねるイメージで『光る君へ』にも時々挿入されています。 空蝉の「受領(国司)の妻」という立場は、まさにまひろと同等。 本来高い身分なのにそういう立場になっている夕顔も同様で、昔から彼女らには紫式部の我が身を顧みたイメージが投影されていた、という見方があります。 しかし『光る君へ』は少しその解釈をさらにアレンジしています。その典型が、まひろと道長が、ある荒れた邸でしばしば密会をしていた、という件でしょう。 これは「夕顔」で、下町の周りの生活の声が聞こえる環境ではなく、光源氏が夕顔を連れて、ある荒れた邸に行って一夜を過ごした、という話を下敷きにしていると思われます。 しかし『光る君へ』では、「夕顔」の肝心の場面がまだ出てきていません。『源氏物語』では、ここで物怪が現れ、それで夕顔が急死するという有名な話があるのです。 以下「夕顔」から引用すると ーーーー 十時過ぎに少し寝入った源氏は枕の所に美しい女がすわっているのを見た。 「私がどんなにあなたを愛しているかしれないのに、私を愛さないで、こんな平凡な人をつれていらっしって愛撫なさるのはあまりにひどい。恨めしい方」 と言って横にいる女に手をかけて(与謝野晶子訳 青空文庫より) ーーーー それで夕顔は前後不覚になり、そのまま亡くなってしまうのです。
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