ニュージーランドは美食の国だ──星空と自然が育む新しい旅のカタチ
美しい自然と豊かな食文化で知られるニュージーランド。その魅力は表面的な美しさだけではない。環境との共生や持続可能な社会を重視する姿勢が、あらゆる場面に反映されている。3日間の旅を通じて体験した、新しい旅のカタチを紹介する。 【写真を見る】現地の様子をチェック!
1日目
8月半ば、19時45分。成田空港からニュージーランド航空に乗り込む。ニュージーランドの南島にあるクライストチャーチへは、10時間半のフライトののち、オークランドで乗り換えることになる。 案内されたキャビンはビジネス・プレミアだった。広々としたシートに身を沈め、飛行機が夜空に飛び立つと、機内ではさっそく、アペリティフが配られた。アミューズが続き、スターターには、日本とニュージーランドの食材を合わせたマグロのたたきが登場する。 ペアリングには、CAおすすめのニュージーランドワインを楽しんだ。マールボロのソーヴィニヨン・ブランは、爽やかな酸がワサビ風味マヨネーズのピリリとした辛さを引き立て、マグロの脂をおだやかに抑えてくれた。続いてメインのフエ鯛の柚子だし風味には、果実味の豊かなセントラルオタゴのピノ・ノワールを合わせる。軽やかでフルーティーな味わいが柚子の繊細な風味とマッチし、少し甘めの味付けをすっきりと引き締める。 デザートまでしっかりと食べ終えた後は、180度フルフラットシートに横たわった。目が覚めれば、そこは季節が逆転した冬の世界だ。 現地時間午後12時25分、クライストチャーチ空港に到着。だが、目的地はここではない。この日の最終目的地であるテカポ湖までは、クルマでさらに約3時間の旅路だ。 クライストチャーチを離れると、一帯にはカンタベリー平野が広がる。北海道の十勝平野を思わせる光景は、どこまでもまっすぐな道と、冬の時期でもよく降る雨によって育った緑が一面に広がっているためだ。 午後3時、テカポ湖に到着。冷たく澄んだ空気が肌を刺す。ここでの最大の目的は星空鑑賞だ。星空保護区(Dark Sky Reserve)に指定されている地域は、現在世界で22カ所あるが、テカポ湖はそのなかでも晴天率がおよそ70~80%と高く、星空観賞にもっとも適した場所と言われている。街の人々も、光害を最小限に抑えようと下向きの街灯やオレンジ色の電球を使用したり、綺麗な星空をこれからも見ることができるように工夫して生活をしている。 ツアーに参加し、日本人ガイドとともに大型望遠鏡で天の川や南十字星、惑星を観察した。普段、東京では決してみることができない無数の星が輝く様子は、言葉では表現しきれない感動を与えてくれた。携帯電話でもある程度の星空撮影は可能だが、この特別な体験は、ぜひ自分の目で確かめてほしい。 ■2日目 朝8時に早起きをしてホテルを出発し、テカポ湖を周遊するエア・サファリのフライトツアーに参加した。テカポ湖は、氷河が溶けてできたターコイズブルーの青色を楽しめる場所だ。この湖畔には常住人口が500人ほどしかいないものの、夏場には別荘地への流入で人口が3000人にも膨らむという。 そんな湖畔の雄大な景色を、高度3500mまで上がる小型飛行機から一望する。上空から臨む湖の美しい色合いと、三角屋根の小さな集落は、まるでメルヘンの世界のようだ。 夕食は、テカポ湖畔でも人気の高い「T.L.V Restaurant」で食べることに。地元の食材を中心にしたニュージーランド料理のメニューから、仔羊の肩ロースと鹿肉のオッソブッコを選んだ。ニュージーランド産の仔羊は、丁寧な飼育管理と適切な食肉処理により、繊維の密度が適度に保たれ、旨味成分が凝縮された上質な仕上がりで人気だ。供されたひと皿は、表面が均一に焦げ目の付いた仕上がりで、筋繊維が柔軟に伸び切っており、口に含むと溶けるように軟らかな食感を呈していた。 モクテルや地元のビールも豊富に用意されていたが、合わせたのは、ここでもニュージーランド産のワインだ。南半球の穏やかな気候で育ったオタゴのピノ・グリ「Terra Sancta」と、同じくオタゴのピノ・グリで、少し厚みのある口当たりと、桃やアプリコットの熟した果実味が特徴的な「Wet Jacket」を飲み比べる。 いずれのピノ・グリも、ニュージーランド産らしい爽やかで軽やかなスタイルが光っている。近年、ニュージーランドのピノ・グリは世界的に高い評価を受けるようになってきている。とくに、オタゴ地方のワインはミネラル感と繊細な酸味が際立ち、上質な仕上がりだ。ニュージーランドの大自然と食文化を存分に楽しむことができた充実した1日だった。 ■3日目 朝7時にホテルを出発し、タソックヒルのワイナリーに向かった。ここでのランチは、ニュージーランドの食文化を体現するような、野菜を中心としたヘルシーな料理だった。ニュージーランドの食のトレンドは、健康志向とサステナビリティの両立を目指しており、この日のメニューもその哲学に沿ったものだった。 地元産のワインと料理のペアリングは見事で、とくに印象的だったのは、ニュージーランド産ほうれん草と玉ねぎを使用したピザとソーヴィニョン・ブランの組み合わせだ。野菜の瑞々しさとワインの爽やかな酸味が絶妙なハーモニーを奏でていた。 ランチ後はクライストチャーチに移動し、市内観光を楽しんだ。2019年にオープンした新名所「リバーサイドマーケット」では、地元の新鮮な農産物や名産のマヌカハニー、手工芸品がところ狭しと並んでいた。 クライストチャーチの街なかには、工事現場や解体途中の建物も多くある。2011年の大地震の傷跡がまだ随所に見られるものの、「復興プロジェクト」の進展も目覚ましく、街全体に活気が戻りつつあるのを感じた。 この日のメインイベントだった「星降る夜の晩餐会 Stargrazing(スターグレイジングツアー)」は、残念ながら天候不良のため中止となってしまった。このイベントは、ニュージーランドの星空のもと、国を代表するスターシェフ、ベン・ベイリーによる特別ディナーを楽しむという、贅沢な内容だ。 サザンアルプスのふもとで、国内各地から厳選された食材を使った6コースのメニューと、ニュージーランド産ワインのペアリングが用意されていたという。マオリの伝統であるカイティアキタンガ(環境保護)とマナアキタンガ(温かいもてなし)の精神を体現したイベントだっただけに、中止は非常に残念だった。 しかし、この特別な体験を逃した人にも朗報がある。この特別メニューは2025年7月まで、ベン・ベイリーのレストラン(オークランド、クィーンズタウン、アロータウンの「アヒ」「アオスタ」「オリジン」「リトル・アオスタ」「ザ・バスハウス」)で味わうことができるのだ。今後ニュージーランドへの渡航を予定している方は、この機会に是非味わってみてはいかがだろうか。 それでも、この日1日を通して、ニュージーランドの食と自然、そして人々の温かさを十分に感じることができた。とくに、環境と調和しながら質の高い食材を生産する姿勢や、地震からの復興に向けた人々の強い意志には深く感銘を受けた。ニュージーランドの食文化は、単に日本人も好む味付けというだけでなく、持続可能性な社会実現と地域の伝統を大切にする点で、世界的にも注目に値するものだと実感した1日だった。 短い滞在ではあったが、ニュージーランドの魅力は尽きることがない。次は夏のシーズンに訪れ、まだ見ぬ星空や、さらに多彩な食文化を体験してみたい。ニュージーランドは、私たちに新しい旅の在り方、そして持続可能な未来への希望を示してくれる国なのかもしれないと思った。
文・松村亜希 編集・岩田桂視(GQ)