ミンチ状にされても増殖を繰り返す美女…「富江」に首ったけ!【豆魚雷の「遊星からの物欲X」】
洋画やアメコミのグッズを多数取り扱うことで、映画ファンにお馴染みのキャラクターショップ「豆魚雷」のスタッフが、ホラーキャラクター&グッズへのアツい愛を叫ぶ連載「遊星からの物欲X」。第3回は伊藤潤二による名作ホラー漫画のタイトルロール、“富江”をピックアップ!グロテスクさと美しさが同居し、見る者の心を強く惹きつける富江の魅力を語ってもらった。 【写真を見る】顔を切り裂かれ、首を切り落とされ…「富江」コラボレーション・スタチューを、接写写真で細部まで堪能 ■伊藤潤二が描きだす、狂気を誘う美 こんばんは、サムゲタン市川です。皆さんは伊藤潤二先生が生みだした魔性の女、“川上富江”をご存知でしょうか。誰もが魅了される絶対的な美しさを持ったキャラクターですが、その皮膚の裏側には、おぞましい本性が潜んでいるのです。 作品の流れを簡単に整理しましょう。ヒロインである高慢で生意気な女、富江は、やがてその尋常ならざる美貌に狂わされた男どもの手によって惨殺されてしまう…というのが「富江」シリーズでお決まりの流れ。彼女の高飛車な態度に神経を逆撫でされ続けた読者は、一刻のカタルシスをここで得ることになります。 しかしそれも束の間、富江は顔を切り裂かれ、首を切り落とされ、骨肉を砕かれミンチ状にされても、復活と増殖を繰り返すのです。絶世の美女の正体が化け物だなんて、一体誰が思うでしょうか。この美醜の二面性こそ、富江というキャラクター最大の魅力であると私は考えます。 さて、暇さえあればホラーを貪っている私ですが、実はホラー“漫画”だけ得意でなく…。子どもの頃、私は「恐ろしいキャラクターたちがそこら中に潜んでいて、自分のことを見つめているんだ」といった考えにとり憑かれていました。やがて恐怖の矛先は、それまで楽しんでいたはずの怖い絵本や児童書に向いていき、絵を見ているのか、絵に見られているのか、それが時々分からなくなって、次第に絵そのものが怖くなってしまったのです。その怖がりようは一時期、本の背表紙からも視線を感じるようになってしまったほどです。それ以来、“絵”と向き合わざるを得ないホラー漫画だけはダメになってしまった…というわけです。 ですから、伊藤潤二作品と出会い、夢中になっていったことは自分にとって衝撃でした。特に、グロテスクな惨状を描いているのにもかかわらず、不思議と見入ってしまうほどの伊藤先生の描き込みには驚かされました。そして無残に殺害される富江を美しいと感じる心に気づいた時、改めて伊藤先生の偉大さに戦慄したのです。 そう、綿密に描かれた恐怖は芸術にもなり得るのです。画集「異形世界」のカバーイラスト「放射状輪廻」などが伊藤先生の筆致を堪能できる好例で、無数の線で構成された絵の数々は、筆舌に尽くし難い美しさで感嘆の溜息を誘います。 ■“富江”立体物の決定版!「伊藤潤二×藤本圭紀「富江」コラボレーション・スタチュー」 今回ご紹介するアイテムは、「伊藤潤二×藤本圭紀「富江」コラボレーション・スタチュー」です。伊藤先生による徹底的な監修のもと、原型と彩色見本の制作を務めるのは、商業フィギュア原型と創作フィギュア制作を中心に活躍する造形作家の藤本圭紀氏。 初めてこのスタチューを見た時は大きな衝撃を受けました。なにせ伊藤先生の線で描かれたその姿が、3次元に完璧に再現されているのですから…! キャラクターの人気ゆえに度々立体化されてきた富江ですが、出来が良かろうとも“富江らしさ”が失われてしまうことがほとんどで、正直ピンと来るものはあまりなく。強いて言えば小説「富江 replay」のカラーピンナップ用イラストを再現したスタチューは完成度が高かった記憶はありますが…それくらいでしょうか。 しかし今回のスタチューは決定版と言っても過言じゃあございません。プロデュースおよびディレクションを務めた原田隼氏によれば、「誰が見ても『富江だな』と納得してもらえるような、最大公約数的なイメージを探った」そうです。 確かに、長い歴史を持つ富江は時代の変遷と共に絵柄や顔立ちが著しく変化していますが、そのどのイメージも内包した、「これぞ!」といえるものに仕上がっていると感じます。風のゆらぎを巧みに捉えたシックな色合いのワンピースは彼女の艶やかさを際立たせ、美しい羽二重肌に浮かぶほのかな血色がさらなる色香を醸しだしています。 制作陣にとっても最大の悩みどころだったという“富江らしいポーズ”は、試行を重ねながら手で髪を払いながら歩くという形にたどり着き、伊藤先生にも気に入っていただけたことで原田氏も「ほっとしました」とのこと。 原田氏らと伊藤先生とのやり取りのなかではこんなエピソードも。「造形を進めるなかで伊藤先生にご監修を頂くと、姿勢と骨格のちょっとした修正でぐっと富江らしさが増すのです。やはり生みの親には逆立ちしても敵わないんだということを思い知らされました」。 本アイテムは、優美な富江と好対照となる猟奇的な台座にもご注目。富江の足元に広がるのは、長髪と肉塊に埋もれた“かつて富江だったもの”。原田氏は「ほかの富江を意に介さず、容赦なく踏んでゆく美しい富江という対比もお気に入りです」とポイントを語ってくれました。白いパンプスが血で汚れていくのを気にも留めずに、“かつて富江だったもの”を踏みつける無慈悲さが、富江たる所以を演出しています。 まさに決定版といえる本アイテム。隅々までこだわりが詰め込まれているので、接写のショットでその細部をぜひチェックしてみてください。 ■「伊藤潤二展 誘惑」は、伊藤ワールドがぎっしり詰まった夢の空間! この夏、大きな話題となった世田谷文学館での「伊藤潤二展 誘惑 JUNJI ITO EXHIBITION ENCHANTMENT」が、いよいよ明日9月1日(日)に閉幕を迎えます。初となる大型原画展では600点を超える原画の数々に加え、デビュー前の創作物や思い出の品などが展示され、作品については勿論のこと、氏の作家性をより深く知ることが出来る展覧会となっていました。 本展覧会は序章を含めた全5章で構成されており、それぞれのテーマに沿う形で作品の原画が繰り広げられている空間に。「富江」や「死びとの恋わずらい」などに始まる「第1章 美醜」コーナーに、「伊藤潤二×藤本圭紀「富江」コラボレーション・スタチュー」が展示されており、ご覧になった方も多いのではないでしょうか。 私が特に注目したのは「第4章 伊藤潤二」で、少年時代の思い出の品々や書きためていたSF小説など、先生のルーツを窺い知ることが出来るコーナー。その一角にはかつて豆魚雷が企画・制作・発売した「エイリアン/ ビッグチャップ: 1/2スケール・ヘッド クローズアップ・ショットVer.」が。こちらも「伊藤潤二×藤本圭紀「富江」コラボレーション・スタチュー」と同じく、原型・彩色見本制作は藤本氏、プロデューサー・ディレクターを原田氏が務めた代物となっており、伊藤先生の私物とのことです。 出口付近には、「うずまき」の世界を体験出来る特別な撮影機もありました。カメラの前に立つと、第3話「傷跡」に登場する黒谷あざみのように顔の半分がうずまき状に歪むというもので、この展覧会を締め括る記念撮影にピッタリでした! 始まりから終わりまで、その全てが伊藤潤二作品で構成された世界。眼を凝らして1点1点を細かく見ていると時間はすぐに過ぎていき、会場をあとにするまで実に2時間以上を要しました。 「伊藤潤二展 誘惑 JUNJI ITO EXHIBITION ENCHANTMENT」はこのあと10月11日(金)~12月22日(日)に兵庫県伊丹市の市立伊丹ミュージアムで巡回展が開催される予定。伊藤先生のファンはもちろん、名前だけしか知らないという方も、圧倒的画力の前には平伏するよりほかになし!ひとたび足を踏み入れれば、きっと世界観の虜になってしまうことでしょう。 文/サムゲタン市川(豆魚雷)