【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その13
蕎麦の街を散歩したら、皇族御用達…柳行李の匠に出会った
蕎麦を満喫して、外に出たらさらに人の流れが増えていた。駐車場に戻るだけとはいえ、人混みをかき分けて進むのはストレスがたまるので、ちょいと遠回りでも、裏道でのんびり帰ることにした。規則正しい町割りだから、超方向音痴の私でもなんとかなりそうだし、時代劇のワンシーンのような光景に出会えそうな雰囲気だったからである。 しかし、この思いつきが、まったく予想していなかった出会い…この旅のハイライトに導いてくれたのだった。
あっちブラブラ、こっちキョロキョロ、蕎麦で膨れた腹を抱えて歩いていたら、進む先の右手に巨大な赤い土蔵が現れた。裏のほうはかなり古風で一部土がはがれ、竹の支柱がむき出しになっていたりもするが、それが不思議な美しさを漂わせていて廃墟には見えない。そして、圧倒的な迫力に目を見張る。
さらに進んでいくと、その威容はやはりただ者ではなかった。傷みは、長年風雨に晒されていたことをうかがわせるが、多くの部分は修復され建物が現役であることを教えてくれる。いったい何の蔵なんだろう…興味津々で近寄ると「楽々鶴」の三文字が目に入った。酒蔵だ。城下町に古い酒蔵…考えてみればなんの不思議もない組み合わせである。
と、その時、左手の空き地に止まる1台の軽トラックが目に入った。蔵の存在感に目を奪われ、周りが見えていなかったけれど、蔵の向かいに小さな店があったのだ。軽トラックはその脇に止まっていて、女性がひとり、荷台に積まれたアシのような植物を降ろしている。なんだろう。思わず声を掛けた。
「コリヤナギなんですよ」。優しそうな微笑みで答える。初めて聞く名前だが、思い当たる節があって問い直した。「ひょっとして柳行李を作るヤナギですか?」 「そうです。ウチはコリヤナギの栽培から行李の製造までやってるんです」と言って、その小さな店に顔を向けたのだった。店の外壁にはクルマから降ろした枝を、乾燥のためか大量に立てかけてあった。近年、私達の生活から姿を消しつつある柳行李だが、かつてはいろいろなものを収納する和風バスケットとして、暮らしに深く根差していて、現在でも、歌舞伎界や相撲部屋では使われている。「ちょっとお店を見せてもらえますか」と確認すると、また優しく微笑んだ。