【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その13
店の表には「たくみ工芸」と「豊岡杞柳細工」の銘が掲げられていた。中には、所狭しと作品が並んでいて、奥の小上がりが工房の作業場になっている。お世辞にも広いとは言えない店内だが、客席から舞台を眺めるような雰囲気があって窮屈さは感じない。むしろ、粋なアトリエの香りさえ漂っていた。店主や夫人の穏やかな語り口は、老舗の誇りと自信にあふれていて心地よかった。
柳行李の専門店と思っていたが、クラシックな大正バスケットや旅行用鞄、インテリア小物までさまざまな工芸品が並んでいて目移りする。釣りのビクやワインバスケットなど、小粋な品もさりげなく展示され、時代や世情に合わせた商品開発が重ねられてきたことをうかがわせた。店主を取材したさまざまな雑誌や写真集も並んでいて、多くのメディアで取り上げられたことを伝えている。
豊岡杞柳細工として、この産業が発達した背景には、原料のコリヤナギが円山川の荒れ地に自生していたことがあったらしい。その後、地場産業として発達していったが、江戸時代になり領主が栽培と技術の振興を進めたことによって、全国にその名を知られることとなった。現在ではコリヤナギの栽培から加工、商品製作、販売まで一貫して行なうのは、このたくみ工芸だけになってしまったというが、私が外で見かけたのは、まさにその工程のひとつだったのである。さすがに何十万円というトランクや鞄には手が出なかったけれど、洗練されたデザインの一輪挿しに心を奪われ、購入することにした。
たくみ工芸の作品は、皇族にも愛されてきたという。店内の古い写真には、同店のお弁当バスケットを手にした徳仁親王(今上天皇)が映っていた。「ナルちゃんバスケット」と呼ばれ、お気に入りだったと伝えられている。
さまざまな商品に圧倒されていると、年季の入った取手付きに籠が目に入った。よろい編みという技法で作られる大正バスケットで、現在でもオーダーを受けているという。芸術的な編み目の美しさと、それを叶える超絶技巧に想いを馳せたが、この大正バスケットとの出会いが、今回の旅を締めくくる神戸の夜で、さらに驚きと喜びをもたらしてくれるとは、この時、思いもしなかった。まさに旅はサプライズの連続だ。
【筆者の紹介】 三浦 修 BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。 【ひねもすのたりワゴン生活】 旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。
三浦 修