『放課後カルテ』“牧野”松下洸平が医師になった理由 子どもたちの“信じる強さ”の輝き
誰もが不確かな未来に向かって歩いている。必ずしも未来が明るいとは限らないし、そもそも明日が来るかどうかさえもわからない。だけど、「また」「いつか」という何の保証もない“約束”が、私たちを生かしてくれているのかもしれないと感じた『放課後カルテ』(日本テレビ系)第9話。 【写真】牧野(松下洸平)にお願いをする啓(岡本望来) 6年生の卒業まで、あと65日に迫るなか、2組の生徒である啓(岡本望来)の弟・直明(土屋陽翔)が手術を受けることになる。生まれつき心疾患を抱え、安静第一の生活を送ってきた直明。今回の心内修復術は、みんなと元気に学校へ通うためにも必要な手術だった。 希望もある一方で、手術には合併症のリスクもある上に受けたからといって必ず良くなるという保証はない。直明も幼いながらに、その不安を感じているようだった。大人だって手術は怖いのだから、子どもはなおさらだ。それでも啓や母の環(ソニン)に心配をかけまいと、明るく振る舞う直明の姿にこちらまで胸が締め付けられる。 そんな直明がある日突然、布団にこもって出てこなくなってしまう。原因は、入院中に仲良くなったるか(佐藤恋和)の術後を見てしまったからだった。手術自体は成功し、るかはのちに退院するが、管に繋がれたその姿を見て、直明は不安でいっぱいになってしまったのだろう。 啓に頼まれ、見舞いに訪れた牧野(松下洸平)は直明から「みんな大丈夫って言うけど、牧野先生もそう思う?」と聞かれて言葉に詰まる。“絶対”はないことを、医師である牧野は誰よりも知っているからだ。大丈夫じゃなかった例もこれまでたくさん見て、悔しい思いをしてきたに違いない。 だが、「お前は治る。“絶対”に大丈夫」という言葉がついて出た牧野。それは、「医師」としての言葉ではない。みんなと一緒に遊びたがっていた直明や、思いきり遊ばせてあげたい気持ちと、また体調を崩してしまうかもしれないという不安との間で葛藤する家族を見てきた「保健室の先生」として、一歩を踏み出そうとする彼らに寄り添ってあげたいという気持ちから出てきた言葉だった。 たとえ嘘だったとしても、かけてほしい言葉がある。もちろん、直明は牧野の言葉を嘘だとは思っておらず、誰よりも信じていた。以前の学校探険で友だちになった拓真(柊吾)、宏哉(吉田奏佑)、大和(山口暖人)や、大好きなお姉ちゃんとの「元気になったらいっぱい遊ぼう」という“約束”も、牧野と交わした「キャッチボールをする」という“約束”も、必ず果たされると信じて疑わない直明。だから、自分もその“約束”を果たそうと不安な手術に臨む直明の姿を見て、信じることは強さなのだと思わされた。 本作に登場する子どもたちが眩しく感じられるのは、その“信じる強さ”から放たれる輝きのせいなのだろう。大人になると、どうしても疑い深くなって信じる気持ちを失ってしまう。だけど、信じてみた先に芽吹く何かが必ずある。手術が成功し、数日経って目を覚ました直明に心音を聞かせる牧野。直明の中でどくどくと鼓動が波打つ音がした。たくさんの人と交わした“約束”が、それを信じる直明の強さが彼をここまで生かしてきたのだ。 ナルコレプシーのゆき(増田梨沙)が牧野に提出している睡眠ノートも、場面緘黙症の真愛(英茉)が牧野と交換している日記も、ある種の“約束”だ。その“約束”を果たし続けることで、彼女たちの日々が積み重なっていく。卒業文集に書く夢は自分との“約束”。本当にその夢が叶うかどうかは誰にもわからない。だけど、大事なのは「自分には叶えられる」と信じることなのだろう。信じることで前に進んでいける。 啓は「お医者さんになりたい」という夢を卒業文集に綴った。彼女が何よりも悔しかったのは、自分が一番辛いはずなのに「僕のことでもう泣かないで」と気遣ってくれる直明のために何もしてあげられないこと。だから、せめて直明が慕っている牧野を病院に戻そうと、「牧野が患者を殺した」という事実無根の噂を流したこともあった。だけど、それは間違いだったと気づいた啓は卒業文集の中でこう語る。 「一番近くにいるのに、私は代わりにはなってあげられないから想像するしかありません。たくさん想像しても、どうしても届かない。一歩でも近づくために治す側の人になりたい」 きっと牧野も医師になったのは、啓と同じような理由からだったのではないだろうか。自分は患者の代わりにはなってあげられない。だから、病気を治すことに力を注いだ。それは彼なりの優しさであることを、元指導医である咲間(吉沢悠)のように分かってくれている人もいるが、誤解されやすく、牧野も「病気と向き合うのは患者自身」という考えから患者の気持ちを置き去りにしてしまっていた部分が少なからずある。 だけど、保健室の先生として子どもたちやその家族と向き合う中で、人が自分の力で前に進んでいくためには周りの寄り添いやサポートが必要なことを知った。直明の退院後初の登校日にも家族だけではなく、牧野や拓真たちが付き添い、通学路を同じペースで歩く。そして、直明が校門で待っていたクラスメイトのもとへ一歩を踏み出す瞬間を見届けた。 寒い冬を越え、もうすぐ植物が芽吹く春がやってくる。6年生は卒業を迎え、産休に入っていた養護教諭の岩見(はいだしょうこ)も戻ってくるが、果たして牧野はどの道を進むのだろうか。
苫とり子