全米OPが10年間で最高の視聴率 リブゴルフの不人気に学び生まれ変わったデシャンボーがゴルフ界の救世主に?
マキロイは「リブゴルフがスローダウンするとは思えない」
デシャンボーの「オープン」な行動は、全米オープン翌週も続いていた。 彼の「翌週」はリブゴルフのナッシュビル大会(テネシー州)。会場入りし、車から降りるやいなや、大会関係者やファンから紙吹雪で迎えられたデシャンボーは、優勝トロフィーを抱えたまま、その場に居合わせた人々の合間を練り歩き、ここでもみんなにトロフィーを触らせて一緒に喜びを噛み締めていた。 いつの間にリブゴルフにはこんなアットホームな空気が醸成されたのだろうかと、少々驚かされた。いや、アットホームな空気を醸し出しているのはデシャンボーただ一人なのかもしれないが、「ただ一人」の存在が大きな力を発揮し、ツアー全体を変えた実例は、ゴルフ界にはすでにある。 1960年代からPGAツアーが急成長したのは、ひとえにアーノルド・パーマーの存在と活躍、そして彼の人柄のおかげだった。 90年代半ば以降、PGAツアーが飛躍的な成長を遂げ、賞金がうなぎ上りに高額化していったのは、ひとえにタイガー・ウッズのおかげだった。 2021年に創設され、22年から始動したリブゴルフは、いまなお世界ランキングの対象ツアーとは認められず、選手たちの世界における位置づけを示す数字は下降の一途を辿っているが、その一方で、デシャンボーはリブゴルフの未来を明るく照らす存在となりつつある。 PGAツアー選手でありながらリブゴルフの内情に妙に詳しいマキロイは、こんなふうに語っている。 「リブゴルフの勢いがスローダウンするとは思えない。リブゴルフのニューヨークのオフィスでは200人以上の従業員が働いているし、選手たちは2028年か29年までの契約を交わしているほどだ」 昨年6月にPGAツアーのジェイ・モナハン会長とリブゴルフを支援するPIF(パブリック・インベストメント・ファンド)のヤセル・ルマイヤン会長が電撃的かつ一方的に「統合合意」を発表した際は、「リブゴルフの今後はモナハン会長に一任される」「リブゴルフのグレッグ・ノーマンCEOは解雇され、リブゴルフは解散される」と言われていたが、今では、あの「統合合意」の出来事は幻と化してしまっている。