「原子力でしかできないこと」に投資しようじゃないか
これが土星となると、太陽光は地球周辺の1/100になる。同じ電力を得るのに100倍の面積の太陽電池を拡げる必要があるわけだ。なんとか太陽電池を使って実用的な探査機を作れないかという研究は進められているが、かなり難しそうだ。 さらに遠い天王星では太陽光の強さは、地球周辺の1/360、海王星では1/900となる。ここまでくると太陽電池の利用は絶望的と言えるだろう。どうしても原子力が必要になる。アメリカの土星探査機「カッシーニ」(1997年打ち上げ)、冥王星探査機「ニューホライズンズ」(2006年打ち上げ)は、共にRTGを電源として使用している。 雲や霧に覆われた星の表面で長時間探査機を運用する場合も、原子力が必要になる。アメリカは現在、2028年の打ち上げを目指して、濃密な大気を持つ土星の衛星タイタンの大気中を飛行するドローン型探査機「ドラゴンフライ」の開発を進めている。動力はRTGを使い、モーターでローターを回転させる仕組みだ。 ●実は月も探査機には難題だ ちなみに、そこまで遠くに行かなくとも、地球とは別の星の表面に降りると、星の自転によって生じる夜の間、どうやって電力を得るかという問題が発生する。火星の1日は24時間37分。これぐらいなら。昼の間に太陽電池で蓄電池に充電し、その電力を夜に使うことができる。 この面での一番の「難敵」は実はすぐそこにある月だ。月の1日は28日間。つまり夜が14日間も続く。この間の電力を賄おうとすると、よほど大量の蓄電池が必要になる。こうなると原子力を使わざるを得ない。月は空気がないので、昼は表面温度がセ氏100度を超え、逆に夜はマイナス170度まで下がる。1日の温度差が270℃もあるので、普通の電子回路は壊れてしまう。 旧ソ連の無人月面探査車「ルノホート1号/2号」(1970年/1973年打ち上げ)や、中国の月着陸機「嫦娥3号/4号」(2013年/2018年打ち上げ)や、それらに搭載されて月に降りた無人月面探査車「玉兎1号/2号」は、月の夜の間の極低温から搭載機器を保護するために、放射性同位体を使用している。夜の間、放射性同位体が発生する熱で、機体を暖めているわけだ。 ちなみに、2024年1月21日に月面着陸に成功した日本の月面無人探査機「SLIM(スリム)」(大成功そして爆笑 SLIMの月着陸は「おそ松くん」のごとし)は、着陸に成功した後、2月25日、3月27日、4月23日と、3回も月の夜を乗り越えて起動し、通信を送ってきた。 SLIMは本来「着陸できればそれでOK。着陸したら、ごく短時間だけ運用して、夜に入ったらもう壊れても構わない」というコンセプトで設計されている。電源は太陽電池で、光が当たっている間だけ動けばそれでよし、というわけだ。もちろん保温用の放射性同位体など搭載していない。 だから、SLIMの搭載機器は夜の間はマイナス170度の冷え冷えの状態になり、昼になると100度の熱々の状態という温度サイクルに3回も耐えたわけだ。 過去にアメリカがアポロ計画の露払いとして月面に送り込んだサーベイヤー探査機が夜を越えて通信を送ってきたという記録がある。が、最新のSLIMに搭載されたエレクトロニクスに使われる部品は、1960年代のサーベイヤーよりも、遥かに小型化されて繊細になっている。SLIMの3回にわたる越夜成功は、超絶的な記録と言える。得られたデータは、今後「放射性同位体による保温なしで月の夜に耐えられる探査機」の開発に役立てられることになるのだろう。 ――と、駆け足で、宇宙において必須の原子力技術の話を概観してみた。 「なるほど、それは分かったが、いったいそのことが我々の生活にどう関係しているのか。地球上とは関係ないことだ」 と思われるだろうか。ところがそうでもないのである。