「原子力でしかできないこと」に投資しようじゃないか
原子力を理解するには、1:そもそも放射性同位体が持っている性質や、原子核の分裂によってエネルギーが発生すること、また放射線が環境にどのように影響するか、という自然科学的側面、2:それを実用的な発電システムに組み上げ、廃棄物の処理までを行う科学技術的な側面、3:それを実社会の中で具体的にどう扱っていくかの社会的側面、4:原子力というものを人々がどう感じ、どう理解し、どう捉えてきたかという民俗学的側面――などの、多様な切り口がある。 原子力を巡る議論ではこれらがごっちゃになって区別がつかないことから、さらなる混乱が発生、という例が非常に多い。 一度にすべてを議論することはできないので、今回は2の科学技術的側面の、それもごく一部についての話題を取り上げることにする。 ●「どうしても原子力が必要」な用途とは? 実は、この世界には、「どうしても原子力でないとダメ」という領域が存在する。 それは、我々が生きているこの地表の環境よりもはるかに広大な領域だ。 それは「宇宙、特に太陽系の外惑星(木星以遠)領域からさらに外側」である。 地球の周りを巡っている人工衛星は何のエネルギーで動いているのか。答えは太陽電池だ。太陽の光で発電し、必要な電力を得ている。 太陽からの光の強さ、つまり太陽電池の発電能力は、太陽からの距離の2乗に反比例するから、地球よりも太陽に近い、金星や水星に向かう探査機は太陽電池で問題ない。 では、逆に太陽から遠ざかって火星、小惑星帯、木星、土星……へと飛んでいく探査機はどうしているか。 太陽光は太陽から遠ざかるほど弱くなる。 火星ぐらいだと、まだ十分に太陽電池で電力を得られる。これが木星になると、だいたい地球・太陽間の距離の5倍ほど遠いところを巡っているので、太陽光の強さは1/25。昔は、太陽電池のエネルギー変換効率が低かったので、とてもではないが太陽電池で電力を得ることはできなかった。初期に木星に接近観測した探査機であるアメリカ合衆国(以下アメリカ)の「パイオニア10号/11号」(1972年/1973年打ち上げ)、「ボイジャー1号/2号」(1977年打ち上げ)は、「放射性同位体熱電気転換器(Radioisotope thermoelectric generator:RTG)」という原子力利用の電池を電源に使っていた。 RTGは、放射性同位体の発する熱と宇宙空間の極低温の温度差から電力を得る電池だ。2種類の金属を接合し、接合面に高温と低温の温度差を与えると、電位差が発生して電流が流れる。ゼーベック効果という物理現象だ。2種類の金属を接合した構造を熱電対(ねつでんつい)という。熱電対で発生した電力を測定すると温度が分かる。このため熱電対は日常的に温度センサーとして使われている。理工系ならば当たり前に実験で使うとても身近な存在だ。 これの規模を大きくして、高温熱源を放射性同位体にしたものがRTGである。 RTGに使用する放射性同位体は、高温を長期間発生するものが望ましい。アメリカの場合はプルトニウムの同位体であるプルトニウム238を使用している。プルトニウム238は半減期が87.7年で、ほぼ全量がアルファ線を出してウラン234に変化する。 プルトニウム238は自然界に存在しない。原子炉で製造する。 原子炉の中でまず自然界に存在するウラン238に中性子を照射してネプツニウム237を生成し、さらにネプツニウム237に中性子を当ててプルトニウム238に変化させる。精製したプルトニウム238(通常は酸化物のPuO2としてRTGに使用する)は、高温になって赤く光るほどの熱を延々と発生し続ける。2機のボイジャー探査機が、打ち上げ後47年を経て、今なお太陽を遠く離れた宇宙空間で運用できているのは、このプルトニウム238を使ったRTGが電力を発生し続けているからだ。 その一方で、最近は太陽電池のエネルギー変換効率が向上したので、木星探査機でも太陽電池を電源に使うようになっている。2011年に打ち上げられ、現在木星周回軌道で観測を続けているアメリカの木星探査機「ジュノー」、2023年に打ち上げられ、現在木星に向かっている欧州の木星衛星探査機「JUICEジュース)」、またこの10月に打ち上げを予定しているアメリカの木星衛星探査機「エウロパ・クリッパー」は太陽電池を電源に使っている。