半径80kmが無人の“冬のアラスカ”で突然の失神…現地民から「日本のトナカイ」と畏敬される登山家を襲った“唯一の想定外”「あの時は1つだけいつもと違うことを…」
〈世界中の登山家が避ける“冬のアラスカ”で突然意識を失った日本人登山家(41)の運命は…6歳の娘は「お父さん、死んだ」とつぶやいた〉 から続く 【実際の写真】深い雪が積もった斜面を1人で掘り、雪洞を作る。その中で数日を過ごす栗秋の忍耐力はアラスカの現地民からも「日本のトナカイ」と呼ばれ畏怖されている 福岡から6000km離れたハンターの山中で、栗秋は目を覚ました。 温かかったパスタは凍っており、沸かしていたはずのお湯はなぜか鍋に一滴も残っていなかった。その鍋をかけていたコンロの火は消えている。左手がコンロにふれて火傷をしたのか、指先に小さな水疱ができていた。 頭がボーッとしており、状況がつかめない。自分は寝落ちしてしまったのだろうか。いや、今日は雪洞にこもっていただけで、疲れてはいない。特に眠気を感じていたわけでもない。ある時間だけが自分からすっぽり抜け落ちてしまったようで、こんなことは初めて経験する感覚である。失った時間は1時間半ほどのようだった。 酸欠か――。 次第にはっきりしてくる頭で栗秋はそう考えた。閉鎖空間である雪洞は酸欠になりやすい。コンロなどで火をたくとなおのことである。だから換気にはいつもかなり気を使っている。入口は閉め切らずに隙間を空けておき、天井には煙突のような穴を空けて空気が循環するようにもしている。
雪洞での生活に長けている自分が何度も酸欠に陥るのは腑に落ちない
あらためて雪洞の通気口をチェックした。いつもどおりだったが、もっと広く開けたほうがいいのかもしれない。だが何かがおかしい気もする。考えてみれば、登山序盤にも酸欠になりかかったことがあった。 そしてつい前日にも同じようなことを経験している。そのときは気を失いはしなかったものの、酔ったような状態になった。雪洞での生活には長けているはずの自分が何度も酸欠に陥るのは腑に落ちなかった。 やや不安を抱えたまま眠りにつく。酸欠による体調不良がもっとも進みやすいのは睡眠中だ。大丈夫なのだろうか。
少し息苦しく感じたが睡眠は十分にとれ、翌朝を迎えた。天気は相変わらず吹雪。通気口が埋まってまた酸欠になってはまずいと思い、外に出て除雪をする。立ち上がると、左脚に妙なコリを感じる。いまひとつ力が入らないような感覚があり、よろめいたりもした。やはり何かがおかしい。 その後は3月18日まで天気が回復することはなく、雪洞内に閉じ込められた。幸い、酸欠が再び起こることはなく、体調不良が再発することもなかった。 登山開始から52日目となる3月19日には天気がいくらかよくなってきたので、雪洞を出て行動を起こす。そして標高3660m地点まで進んだが、その後の行程と天候を考えると登頂は諦めざるを得ないと判断。24日に下山を始め、4月2日、麓のベースキャンプに下り着いた。