「デ・キリコ展」(東京都美術館)レポート。シュルレアリスムの始まりと呼ばれるデ・キリコの全容に迫る。
長きにわたって取り組んでいた「自画像・肖像」
展示室に入ってすぐ、わたしたちを出迎えるのは、自画像・肖像が展示されるコーナーだ。形而上絵画をはじめとする前衛的な表現で有名なデ・キリコだが、人物画という西洋美術史における典型的なテーマにも、継続的に取り組んでいたという。 デ・キリコは1888年にギリシアで生まれ、ドイツのミュンヘンで絵画を学んだ。初期の作風は象徴主義や後期ロマン派の画家の影響を受けていたと言われているが、彼の自画像・肖像はルネサンス様式で描かれたものもあれば、バロック様式のものもあり 、彼の作品様式の多彩さがここからもすでに伺える。 また、デ・キリコの手がけた自画像・肖像に登場する人物は、17世紀風の衣装や、闘牛士の衣装など装飾的な衣装を着て描かれていることが非常に多い。このような演劇的演出は彼の作品の特徴のひとつであり、1930年~1960年にかけて多く手がけていた舞台美術からの影響があると言われる。本展では、画家がそのキャリアのなかで数多く手がけたオペラや演劇のデザインスケッチや衣装も展示されているので、こちらもあわせて見てみて欲しい。
形而上絵画のはじまり:イタリア広場、形而上的室内
展示室を抜けていくと、そこには彼の代名詞ともいえる、形而上絵画が目に入ってくる。形而上絵画は、それまでの伝統的な写実/網膜絵画を超越し、私たちが見ている世界の奥底にある非日常的で神秘的な世界をほのめかすような絵画だ。デ・キリコはある日、見慣れたはずの街の広場が、初めて見る景色であるかのような感覚に襲われたことが形而上絵画誕生の「啓示」となったと語ったという。 本展では「イタリア広場」「形而上的室内」「マヌカン」という3つの題材の形而上絵画が展示されている。なかでも《バラ色の塔のあるイタリア広場 》(1934頃)は、形而上絵画の記念碑的な作品だ。人の気配を完全に排して描かれたイタリア広場は沈んだ色の空に覆われ、その色彩とライティング、奇妙な遠近法が非現実的/神秘的なイメージを醸し出す。デ・キリコが晩年に描いた《イタリア広場(詩人の記念碑)》(1969)と比較してみると、広場中央にたたずむ人影や、室内から広場を望むような構図など、時代ごとに細やかな変化があることがわかる。このように、同じ作品テーマでも制作年代ごとに表現手法が変化していく様子を追えるのが、本展のひとつの魅力と言えるだろう。 第一次世界大戦をきっかけに、兵士としてパリからフェッラーラに移り住んだ彼は、その当時の自分の身の周りにあったものを描くようになる。イタリア広場のコーナーを進んだ先に展示されている形而上的室内は、このような背景のもとに制作が始まった絵画シリーズだ。戦時中の物資不足を背景に小さくなったキャンバスには、軍の事務所の中にあった三角定規や海図、そしてビスケットなど、彼の身の回りにあったモチーフが脈絡なく並び、閉所恐怖症的なイメージを作り出す。 展示を順を追って見ていくと、形而上室内を描いた作品においても制作年代ごとの差異が感じられる。形而上室内を描き始めた初期の作品が閉塞感の強い、どこか抽象的で暗い画面構成なのに対し、中期~後期の作品では部屋の内部に窓が描かれるようになり、それにともなって画面全体の明るさと奇妙な奥行き感が強調されている。