「東インド会社への復讐」画策した男の悲しい末路。世界初の空売りはどう行われた?歴史振り返る
■多くの株取引を成立させたル・メール そして、株価が低ければ低いほど、ル・メールの利益は大きくなる。ル・メールはこうした取引を多数こなし、やがて当初、自分が実際に所有していた株より多くの株の取引を成立させた。株価が大きく下落すれば大儲け、高騰すれば破滅だ。 そこでル・メールは株価の下落を画策し始めた。アムステルダムの共謀者たちはVOCが問題を抱えていると噂を広めた。経費を使いすぎている。船があちこちで沈没したり、敵に拿捕されたりしている。みんなが思っているほど利益を上げていない。そんな調子の噂話だ。そして思惑どおり、VOCの株価は下落し始めた。
会社の取締役たちはル・メールが関わっていることを知らなかったが、誰かが株価の下落に賭けていることはわかっていたし、会社について悪評が流されていることも耳にしていたし、株価が下落していることも知っていた。 VOCはオランダという国家の誇りと国際的な競争力の源だった。国家のために(そして、自身がVOC株に投資した莫大な個人資産のために)、取締役たちは会社への攻撃を停止させようと決断した。 取締役たちは議員に訴えた。株価下落を狙う「汚れた陰謀」が進行中だと告げ、背後に外国のスパイが潜んでいる可能性をほのめかした。「有力な売り手の中に国民の敵の共犯者がいる」と彼らは書いた。
国民の敵による汚れた陰謀だけでは議員の注目を得るのに十分ではない場合に備えて、取締役たちはさらにこう付け加えた。犠牲者にはVOC株を所有する「多くの寡婦や孤児」も含まれる、と。 〈敵のスパイ〉(VOCが負けるほうに賭けている人々)対〈寡婦と孤児〉(株主)について、オランダの議会は世界の歴史上あらゆる議会が行ってきた手を打った。 つまり、一応〈寡婦と孤児〉側に配慮したように見える手を打ったのだ。1610年2月、議員たちは投資家に対して、現在所有していない株を将来売却すると約束することを禁止した。言い換えれば、ル・メールの策略を違法行為としたのだ。