ドレイクが復活させた現代アートの遊園地が「残念」。NYの「ルナルナ」体験レポート
ドレイクが1億ドル(直近の為替レートで約150億円、以下同)を投じて復活させたアート遊園地、ルナルナ。有名アーティストたちが参加したこの移動式遊園地は、資金や輸送などの問題で暗礁に乗り上げ、30年以上も倉庫に眠っていた。しかし数年前に復活計画が持ち上がり、昨年12月にロサンゼルスで実現。それに続きニューヨークに姿を表したルナルナが、マンハッタンの文化複合施設、ザ・シェッド(The Shed)で11月20日に開幕した。 【写真】ルナルナに展示されている作品たち このイベントが謳う「楽しさ」に「没入」するため、会場に足を踏み入れようとしたとき、突然地鳴りのように音楽が鳴り響いた。思わず振り返ると、そこにはバイクに乗った男がいて、物議を醸した歌詞がステレオから爆音で流れてくる。 「Tryna strike a chord, and it’s probably A minorrr(コードを鳴らしてみたところで、Aマイナーなんだろ)」 そう、ケンドリック・ラマーがドレイクをディスって話題になった「Not Like Us(ノット・ライク・アス)」だ。 バイクの男は、私たちのように44ドル(約6600円)の観覧料を払ってこのルナルナを見るわけではなさそうだ。ラマーとドレイクの確執がピークに達したこの夏、ブルックリンで車かステレオを持っている人なら誰もがそうしたように、この曲を流すことでラマ―支持を(お金をかけずに)表明しているのだろう。 バイクはスピードを上げて走り去り、目の前には豪華なアミューズメントパークがある。私は入場料を出して中に入った。
バスキアの観覧車やキース・ヘリングのメリーゴーランドも
かつてのルナルナは屋外遊園地だった。1987年の(雨の多い)夏の間、当時西ドイツだったハンブルクの野原を会場に、幻想的なカーニバルを演出したのはウィーン出身の人気ミュージシャンでアーティストのアンドレ・ヘラーだ。ヘラーはドイツの雑誌、ノイエ・レヴューから50万ドル(約7500万円)の資金援助を受け、当時の代表的ビジュアルアーティストたちがデザインした乗り物やアトラクションが楽しめるアミューズメントパークという途方もないアイデアを実現した。なお、アミューズメントパークは「ルナパーク」とも呼ばれるため、ヘラーの企画はルナルナと名付けられた。 オーストリアの風刺画家、マンフレッド・デイクスが手がけた《Palace of the Winds(おならの宮殿)》は、「クラシックバイオリンの伴奏付きで、大音量のおならの生演奏」を行う劇場だった。ニューヨークを拠点とする画家、ケニー・シャーフは、1930年代に作られたビクトリア調のブランコ型遊戯機械をアレンジしたアトラクションを作り、最晩年のサルバドール・ダリは、合わせ鏡効果を用いたジオデシックドーム、《Dalídom(ダリドム)》を制作。そして亡くなる前年のジャン=ミシェル・バスキアは、巨大な観覧車をデザインしている。この観覧車はマイルス・デイヴィスの曲「TUTU(トゥトゥ)」(1986)に合わせて回転し、バスキアの絵(串刺しのローストチキン、裸の人体、サックス奏者など)や文字(「JIM CROW©」と「THE END」)で飾られていた。 また、レベッカ・ホルンの《Love Thermometer(愛の温度計)》は、カップルがガラス容器の底を手で包み込み、温められた赤い液体が「孤独」、「気づき」、「イメージ」から「真実」、「狂気」、「ダメージ」へと上昇していくのを見守るアトラクションで、キース・ヘリングは、自らの絵に登場するキャラクターを配したメリーゴーランドを作っている。そこには、「LUNA LUNA IN THE SKY./ WILL YOU MAKE ME LAUGH OR CRY?(空のルナルナ/僕を笑わせる? それとも泣かせる?)」というルナルナのキャッチフレーズになりそうな詩を添えた月の絵も描かれていた。 会場の壁にはヘラーのこんな言葉が掲示されている。 「アートは型破りな形で表現されるべきで、普通の環境でならアートを求めないような人たちに届けられるべきである」 プレスリリースに掲載されているヘリングの言葉はさらに的を射ている。 「アートは、ありとあらゆる人々に届かなければ意味がない」 すばらしい理念だ。しかも、それは現実のものになった。1987年夏のハンブルクで、老若男女がルナルナを楽しんでいる貴重な写真が残されている(これはベルリンの壁の崩壊によってもたらされる新自由主義的世界秩序を不気味に予感させる光景でもあったのだが、それはまた別の話だ)。 しかし残念ながら、今回ニューヨークのザ・シェッドによみがえった「Luna Luna: Forgotten Fantasy(ルナルナ:忘れられたファンタジー)」に、当時の陽気な雰囲気はない。87年当時の入場料は20ドイツマルク(22ドルに相当)で、平日は子ども無料だった。今回は観覧内容によって料金が異なるが、最低でも大人44ドル(約6600円)、子ども35ドル(約5300円)だ。ただし、どの乗り物も見るだけで、乗ることはできない。