NO! 路上飲酒 環境悪化、渋谷で禁止
猪瀬 聖
観光地に押し寄せる外国人旅行客が、さまざまなトラブルを引き起こすオーバーツーリズムが注目を集める中、路上飲酒が新たな問題となっている。東京都渋谷区などは規制強化に踏み切ったが、解決されるのか。路上飲酒がはびこる背景、旅行者らの反応を探った。
「日本なら路上で飲めると聞いていた」
10月1日の午後6時過ぎ。警備会社の青い制服を身にまとった数人の男性が、日本有数の繁華街「渋谷センター街」(東京都渋谷区)近くの交番前に集まった。青い帽子をかぶり、制服の左胸と背中には「渋谷区防犯パトロール」の文字がプリントされている。男性らは、同日施行されたいわゆる「路上飲酒禁止条例」に基づいて路上飲酒を取り締まるために渋谷区から依頼を受けたパトロール隊員だ。 都市部で路上飲酒を通年で禁止する条例施行は全国で初めてだ。2019年に制定していた条例を改正し、規制を強めた。JR渋谷駅周辺では午後6時から翌朝の午前5時まで、路上や公園など公共の場所における飲酒を通年で禁止し、禁止エリアも拡大した。
パトロール隊員は巡回開始早々、道端の植栽を覆うコンクリートの端に腰掛け、缶入りのハイボールを飲むカップルを見つけた。周辺一帯で路上飲酒が禁止されていることを説明する地図を示しながら、飲酒をやめるよう説得する。2人から酒の残った入った缶を受け取ると、中身を捨てて、用意しておいた大きなビニール袋に放り込んだ。 指導を受けたカップルはともに32歳で、アメリカのワシントン州シアトルから観光に訪れていた。飲酒していた女性は「アメリカでは路上飲酒は禁止だが、日本なら飲めると友人から聞いた」と打ち明けた。条例のことは知らなかったと言い、残念そうに「日本中で路上飲酒ができなくなるのか?」と筆者に尋ねてきた。
コロナ禍を機に拡大、常態化
条例制定のいきさつを、渋谷区安全対策課の東浦幸生課長に聞いた。東浦氏によると、路上飲酒はかなり前からセンター街などで散見されていたが、規制に踏み切ったきっかけは、10月31日のハロウィーン当日夜に繰り広げられる大騒ぎが定着したことが大きいという。欧米の風習であるハロウィーンを祝うイベントが日本各地でも盛んになるにつれ、JR渋谷駅周辺に多数の人が集まってトラブルを多発させたのだ。 2018年には、センター街で酔っぱらった若者らが軽トラックをひっくり返し、逮捕されるなど騒乱状態となった。事態を重く見た渋谷区は翌19年、いわゆる「ハロウィーン条例」をつくり、大勢の人が集まりやすいハロウィーンの前後と年末年始に限り、渋谷駅周辺の路上での飲酒を禁じた。 ところが、条例を制定したにもかかわらず、思わぬことが原因で路上飲酒が一段と広がることになる。新型コロナウイルスの感染拡大だ。20年から21年にかけて、感染拡大防止のため飲食店が軒並み営業を取りやめると、路上で酒を飲む人が急増した。新型コロナで外国人の入国は厳しく制限されていたため、路上飲酒をしていた人たちはもっぱら日本人だった。 常態化した路上飲酒は、コロナが収束して飲食店が営業を再開した後も続いた。1人で飲むだけでなく、夜遅くに路上のあちこちで「酒宴」が開かれ、周辺から苦情が出るようになった。さらに、入国制限解除後は、どっと押し寄せた外国人観光客が日本人を真似し始める。こうして渋谷の繁華街では、路上飲酒が通年の光景となったのだ。 環境の悪化に危機感を抱いた渋谷区は昨年9月、「迷惑路上飲酒ゼロ宣言」をスローガンに、警備員を動員してJR渋谷駅周辺を毎晩パトロールし、路上飲酒の自粛を呼び掛け始めた。だが、旧条例に基づいたお願いベースでの「自粛要請」では効果は乏しく、渋谷区は条例の改正に踏み切らざるを得なかったというのが実情だ。新条例に伴ってパトロール体制も強化。外国人旅行者にも対応できるよう、英語やフランス語、中国語などを話せる人員をパトロール隊に加えた。 路上飲酒の何が悪いのか。東浦氏は「飲酒する集団は道を塞いで交通の妨げになるうえ、ゴミを散乱させ、大声で騒ぐので周囲の店舗が迷惑している。物損や暴力事件が起きたりすることもある」と説明したうえで、こう念を押した。「飲酒自体が悪いわけではなく、悪いのはあくまで路上飲酒だ」。渋谷区商店会連合会の大西賢治会長も、「飲酒自体になんら問題はないが、路上飲酒は街を汚し、トラブルの元にもなる」と取り締まりの強化を歓迎する。