世界バンタム級4団体統一に向けて完璧な初防衛。中谷潤人が振り返る「濃密な157秒」
■前戦とは違う戦略で決めた「見えないパンチ」 1分50秒――。中谷は中間距離から右ジャブ、左ストレートのワンツー。さほど力感のない基本通りのワンツーに、アストロラビオはガードを固めて防いだ。 2分5秒――。テンポの良い右ジャブでいったんアストロラビオを後ろに下げ、中間距離からややフック気味の軌道、伸びのある左ストレートを追いかけるようにして顔面に放った。ひとつ前の左ストレートと同じように、スピードはあるが力感はない。続けざまにショートの右フックで距離を詰めるも硬いガードに阻まれ、逆に被せるようにして側頭部付近に軽く左フックを浴びた。 ダメージはないが、アストロラビオからこの試合で被弾した数少ない攻撃。しかしこのとき中谷は、アストロラビオの守りの意識は顔面に集中し、ボディ攻撃に対する意識は完全に遠のいたことを確認した。試合前の想定よりずいぶん早く時は訪れたが、中谷はここから、獲物を仕留める準備に取り掛かり始めた。 ふたたび距離を取りジャブで様子を伺う。懐を深くするため下げ続けてきた腰を初めて持ち上げ、やや前傾、踏み込んで攻撃を仕掛けやすい体制にモデルチェンジ。 そして2分21秒――。 前足を踏み込みながらの右ジャブ。即座に反応し両腕を上げてガードを固めるアストロラビオ。足が揃ってガードの意識も完全に遠のき、かつガラ空きになったアストロラビオのみぞおちに、中谷は長い槍で突き刺すように真っ直ぐ左ストレートを打ち込んだ。 一瞬何が起きたのか理解できないように立ちすくみ、動きの止まったアストロラビオ。少し間を置いて身をよじりながら苦悶の表情を浮かべ、キャンバスに両膝と両拳を突いた。一度は立ち上がるもふたたび拳と膝をキャンバスに突き、しゃがんだままレフリーに抱きかかえられた。
1ラウンド2分37秒KO勝ち――。 要した時間はわずか157秒。 勝利の瞬間、中谷は観客席に向かい両腕を上げ、胸元でグローブを叩き合わせながら雄叫びをあげた。 試合後、アストロラビオは「彼のパンチは見えませんでした。まだまだ戦いたいと思い、その気持ちを振り絞って立ち上がりました。でもダメージが大きすぎました。呼吸が途切れ途切れになってしまいました」とコメントした。 どれだけ強靭な肉体の持ち主でも、意識しないタイミングでみぞおちにパンチをもらえばひとたまりもない。「ボディ攻撃に対する警戒の意識を遠のかせてから本格的に攻撃を仕掛ける」という中谷陣営の戦略は見事にはまった。 世界バンタム級王座を獲得した前戦でも、相手のアレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ)は「倒されたパンチは見えなかった」と振り返っていた。 いずれも見えないパンチ、つまり「死角からの攻撃」という点では共通する。しかし、サンティアゴ戦と今回のアストロラビオ戦では「死角の作り方」は大きく違っていた。ではいったいどのような違いなのか。中谷は一撃で仕留めた左ボディストレートにまつわる秘話を明かしてくれた。 (つづく) ●中谷潤人(なかたに・じゅんと) 1998年1月2日生まれ、三重県東員町出身。M.Tボクシングジム所属。左ボクサーファイター。172㎝。2015年4月プロデビュー。20年11月、WBO世界フライ級王座獲得。23年5月、WBO世界スーパーフライ級王座獲得。今年2月24日にはWBC世界バンタム級王座を獲得し3階級制覇達成。28戦全勝(21KO)。ニックネームは〝愛の拳士〟 取材・文/会津泰成 撮影/ヤナガワゴーッ!