台湾現地取材で分かった、ホンハイが日産に惚れ込む必然
経営難に直面している日産自動車(7201)が、ホンダ(7267)と経営統合に向けた協議に入ることが明らかになった。この報道を受け、日産の株価が上昇した一方、ホンダの株価は逆に大きく下落した。 経営資源が重複する国内2社の経営統合は、1+1が2になるとは期待しにくく、ホンダが重荷を背負い込むことになると市場は悲観しているのだ。日産はホンダに抱きつき心中を仕掛けたようなもので、その目的は台湾・鴻海精密工業(以下、ホンハイ)による出資提案を回避することだ。実のところ、ホンハイはなぜ日産に関心を持ったのか?そしてホンハイは日産が全力で阻止すべき出資者なのか。台湾でその深層を探った。 ■激変したホンハイが日産に照準 ホンハイはEMSと呼ばれる、電子機器の受託製造を行う業態の世界最大手だ。顧客にアップル( AAPL )、ソニーグループ(6758)、グーグル( GOOGL )、テスラ( TSLA )などハイテクのトップ企業を軒並み抱え、直近の年商は6兆1622億台湾ドル(28兆3516億円)に上る。日本では創業者のテリー・ゴウ(郭台銘)氏が経営トップだった当時に、シャープ(6753)を買収したことで広く知られている。 このホンハイはしばしば「iPhoneの組み立て業者」と表現されるが、これはテリー時代のホンハイのドル箱を表したもの。現在のホンハイは、ビジネスの中身を大きく変えつつある。そしてこのビジネスの変化と、日産に対するホンハイの関心は深い関係がある。 筆者は今から約1カ月前の11月中旬、台北で複数のホンハイ関係者を取材した。日産買収について、ホンハイ側の意向を探るためだ。 その時点で筆者が得ていた情報は、「日産側はホンハイによる”救済”に期待しているが、経済産業省はシャープ再建での失策や安全保障上の懸念を理由に警戒している」といった内容。だがM&Aは何より、買い手があってこそ成立する。果たしてホンハイは買い手となりうるのだろうか、ホンハイが日産に近づく真意はどこにあるのだろうか。これを探ることが、この出張取材の目的だった。 ■「2兆円足らず、それなら余裕で買える」 ごく近年までホンハイの経営幹部としてEV戦略に関っていた人物に、自動車業界関係者に託された「素朴な質問」をぶつけた。それは「日産を買収する資金力はあるのか」という問いだ。 相手はこう即答した。「日産の今の時価総額は4000億台湾ドル(約2兆円)に満たない。この金額なら、ホンハイにとって大きな問題ではない」 大型のM&Aにおいては通常、買い手が全額自己資金で買収することはない。自己資金を一定程度出し、そこに借り入れを組み合わせてレバレッジをかけ、資本効率を高めるものだ。取材相手もこのM&Aの常識を前提に、以下のように解説した。 「最も買収額が大きくなる完全子会社化だとしても、ホンハイのカネが4分の1ほど必要だった場合は1000億台湾ドル(約5000億円)、もう少し多く、3分の1ほど必要なら1300億台湾ドル(約6500億円)。この規模のキャッシュを出すことは、今のホンハイにとって難しくはない」。 ホンハイの財務諸表上では、2023年12月末のネットキャッシュ(現金同等物+短期保有有価証券-有利子負債)は約1.2兆円。確かに資金力として十分な体力がある。なおこれらの金額は「例えば」であり、実際の買収に必要なプレミアムは考慮されていない。また、ホンハイが日産を完全子会社化したいわけでもない。 ■企業価値を2.4倍にしたホンハイ、3分の1にした日産 さらに現在のホンハイにとって、「残る1兆円近くの資金を出す貸し手を探すことも難しくない」とホンハイ幹部は言う。2019年にテリー氏の跡を継いだ2代目トップ、ヤング・リウ(劉揚偉)CEOの経営手腕が金融界から評価を得ており、ホンハイに融資したい金融機関は台湾現地や外資系に多数あるのだという。 1兆円近くの貸し手を「見つけるのは簡単」というのはやや割り引いて聞く必要があるが、確かに時価総額の推移を見れば、ホンハイの現経営がどれほど高く評価されているかは明白だ。 リウCEOが就任して以降、時価総額は2.4倍に伸び、史上最高値を更新している。同じ期間で日産の時価総額はほぼ3分の1に縮んでいる。直近の12月20日時点の終値では、ホンハイの12兆1359億円に対し、日産は1兆6453億円。ホンハイは、日産比で7倍もの企業価値を誇っているのだ。 ■アップル銘柄からエヌビディア銘柄へ なぜホンハイはここまで評価されているのだろうか。 それはズバリ「エヌビディア( NVDA )効果」だ。創業者テリー氏の時代のホンハイは「アップル銘柄」だったが、リウCEOの現在は「エヌビディア銘柄」なのである。これこそがリウCEOの経営戦略が評価されているポイントだ。ホンハイの株価が今年の3月に急騰し史上最高値を更新したのも、エヌビディアが次世代AIチップのブラックウェルを発表し、そこからホンハイの今後の業績拡大が連想され買いが入ったからだ。 ホンハイの企業戦略において最も重要なのは、「最高の女房役」であることだ。ホンハイはその時代ごとに最高のパートナーを見出し、顧客が成長するのにつれて自社を大きくしてきた企業である。台湾のいち零細企業に過ぎなかったホンハイがここまでの巨大企業になったのは、2000年代初頭にはノキアとソニー、その後はアップルという顧客企業に徹底して尽くしたからだ。 その成功体験が刻み込まれたホンハイが今、最重要パートナーとして「熱愛」しているのがエヌビディアである。 エヌビディアとホンハイの関係は、アップルやソニーなどとの関係とはやや異なる。ホンハイにとってエヌビディアはAI半導体GPUの供給元であり、そのGPUを搭載したAIサーバーをGAFAなどハイテク大手に大量に販売している。要するにエヌビディアはホンハイの顧客ではなく、サプライヤーだ。ホンハイは1社当たりでは世界で最多のGPUを使う大口消費家であり、エヌビディアに対して絶大なバイイングパワーを持つ。 だがサプライヤーでありながらエヌビディアはホンハイに対し、かつてのアップルと同様の価値をホンハイにもたらしている。それは「ハイテク産業の未来のビジョン」だ。アップルはiPhoneでモバイルコンピューティングの未来をホンハイに示した。そして今、エヌビディアはホンハイに、AI革命という未来を示している。このエヌビディアのビジョンがホンハイの経営戦略の重要な指針となっている。 ■「ホンハイとAI時代の車工場を作る」 ホンハイは年に一度、「テックデイ」と称する技術説明会を開いている。2023年のテックデイ冒頭、リウCEOとともに登壇したのがまさしくエヌビディアのジェンスン・ファンCEO。そしてその背後にあったのが、ホンハイの自社EV「モデルB」だった。 ホンハイ製EVを示しながらファンCEOは、EV生産とAIデータセンターが一体化した「AIファクトリー」の構想を語った。実際に走行しているEVから集めた大量のデータを処理し、それを基に次モデルの設計や生産改善に繋げる。もちろんこのAIデータセンターで使われるのは、エヌビディアの最新のGPUと、関連の独自ソフトウエアである。「AIファクトリーとAIカーの完成したシステム。それこそがエヌビディアとフォックスコン(ホンハイ)が今作っているものだ」(ファンCEO)。 エヌビディアのAIファクトリー構想は、EV生産だけでなく、ありとあらゆる製造業の工場を変えるという野心的なものだ。この未来的な構想にしゃにむに猛進するエヌビディアこそが、スマートフォンに続く次なる成長機会をホンハイにもたらしうる。かつてアップルのスティーブ・ジョブズという「ビジョナリー」(未来を見通せる人)が爆発的な成長を自社にもたらしてくれたが、現代のビジョナリーはエヌビディアのファンCEOである――そうホンハイのリウCEOは考えているようだ。 リウCEOとファンCEOはこのイベント以外にも、さまざまな場面で「昵懇ぶり」が目撃されている。実は2人とも元野球小僧という共通点があり、会食の話題はしばしば「肩を痛めない球の投げ方」など野球ネタになるのだという。 ■ホンダか、ホンハイ+エヌビディアか ホンハイは現時点で、日産に対する買収意向を正式には表明していない。日産がホンダに急速にすり寄り、両社の経営統合案がメディアによって既成事実化していく中で、ホンハイが買収意向を維持し続けるかは不明だ。 だがもし日産への関心を持ち続けるならば、その理由は明らかだ。エヌビディアが描くAIとEVとものづくり現場の構想を実現する重要な材料として、日産を活用したいということだ。 ホンハイでEV事業に従事していたある幹部OBは筆者の取材に対し、「ホンハイ自身のEV事業は小規模ながら、すでにADAS(先進運転支援システム)やリン酸鉄リチウムイオン電池など、重要な技術を持っている。現状でも日産のパートナーとして十分マッチする実力がある」と自信を示した。さらに「自動車の未来も示せる」自信がホンハイにあるなら、日産を容易には諦めないだろう。 もちろんホンハイ傘下に入ることは、安穏なことではない。ホンハイのコスト管理意識は日本の大手企業の想像を絶するものである。ホンハイ傘下に入ればリストラが行われるかといえば、答えは恐らくイエスだ。日産の現在の工場稼働率は6割ともされ、このようなコスト垂れ流し体制はホンハイには許容できない。 企業文化も商習慣も日本の大手企業とは大きく異なる。シャープの立て直しにリウCEOが難儀しているのも事実であり、アップル向けの巨大工場を中国に抱えている以上、中国とは完全に縁が切れない実情もある。 経営難に直面している日産にとってパートナーの選択肢があるとしたら、それはすなわち「ホンダか、ホンハイ+エヌビディアか」であり、「旧来型の自動車メーカーであり続けるのか、AI時代の自動車イノベーションに挑戦するのか」の分かれ道でもあるのだ。もしホンハイが本気で買収意向を示したときに、それを日産がむげに退ければ、他ならぬ日産の株主が「未来の可能性を足蹴にした」と立腹するのではないだろうか。 ※当記事は、証券投資一般に関する情報の提供を目的としたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。
杉本 りうこ