短い鼻、太古の奇妙なゾウ・ゴンフォテリウムは何食べた?ゾウ進化史新研究
今回の研究チームはまさにこの事実に焦点をあてている。ゾウの歯の形態と摩耗の度合いを比べることで、この「草を食べはじめた進化上のプロセス」を探ることができるのだ。 さて気になる今回のゴンフォテリウム(Gomphotherium)の歯のデータだが、ちょうど「木の葉食性」から「草食性」への過渡期を示している(上のグラフ参照)。G. connexumという種はまだ木の葉食の習性を行っていたうようだが、G. steinheimenseの種は草のようなより硬い植物を食べていたと考えて間違いないそうだ。
「植物化石のデータ」から分かるゴンフォテリウムの食性
次にゾウの化石が見つかる地層(岩石)に含まれている「植物化石」から、当時の植物相と食性について推測することも論理的には可能だろう。植物化石といっても枝葉や幹などではなく、もっと極小の顕微鏡サイズのものだ。 王博士が率いる今回の研究チームは、岩石に含まれていた草の花粉(pollen)を顕微鏡で調べている(なかなかの名案だ)。 ちなみに今年も花粉症でお悩みの方。スギやマツなどの樹木だけでなく草もたくさんの花粉を放出する事実をご存じだろうか。その数たるや膨大な数字に上る。そのため草の花粉がアレルギーを引き起こすこともたくさんある。 そしてこの非常に小さな(そして時に現代人にとって厄介な存在である)花粉だが、実は化石として「非常に保存されやすい」という性質がある。そのため花粉化石の研究は、太古の植物相そして当時の環境を探る上で非常に重宝がられるケースがある。 今回の研究チームも実にたくさんの花粉化石を、ゴンフォテリウムの化石が見つかる地層から探し出した。こうした化石化した花粉は、形や大きさ、表面の模様など実に様々だ(上のイメージの写真参照)。そのため大まかにどの植物グループのモノか、そして(時には)種レベルにおいてさえも判定を下すことができる。 一連の花粉化石の判定データは、この地域一帯でどのタイプの植物がたくさん繁殖していたのか、「大まかな割合」を導き出した。中新世前半の中国北西部の地域一帯において、すでに「草原がかなり広がっていた」可能性を強く示している(上のイメージのグラフ参照)。 つまり中新世のゴンフォテリウムが生きていた当時、草原はすでに出現していたのだ。歯の形態や摩耗度だけでなく、植物化石のデータも「ゴンフォテリウムの草食仮説」を強く支持していることになる。鬼に金棒、ドラえもんにどら焼き状態といえよう。 今回のゴンフォテリウム研究から私が受けとったメッセージ は、骨格化石の形態だけを調べていては、どうしても解き明かせない謎が古生物の世界には付きまとうというものだ。この限界を打ち破るために、化石研究者の常として、他の様々なアプローチを探る姿勢が必要になる。そのためにいろいろアイデアを絞る必要にも迫られる。専門分野をこえて他のジャンルからの知識を必要とするケースも出てくる。他分野の研究者の協力を仰ぐことも起きてくる。 しかし今回の研究だけをもって、ゴンフォテリウムが中新世前半に、木の葉食性から草食性へ「すんなり移行した」。「これは事実だ」とは、まだ言えないかもしれない。この興味深い仮説を裏付けるためには更なる証拠集めが必須と思われる。 例えば「木の葉食性のゴンフォテリウム」が草原をたまたま横切っていた可能性も(論理的には)あるはずだ。木の葉食と草食両方を行っていた種や個体さえ、この過渡期には存在していたかもしれない。幼体と成体で食生活をがらりと変えた個体グループはいなかっただろうか。こうした様々な疑問はまだ残っているように私には映る。 しかし今回の研究成果が今後の更なるゾウ進化研究に、そして中新世の環境研究に新たな一ページを加えたといってもいいのではないだろうか。 最後に今回の記事を書くにあたっては中国科学院古脊椎動物古人類研究所の王博士から、貴重なイメージを直接分けていただき、いくつか質問にも丁寧に答えて頂いた。この場を借りてお礼を申しあげたい。