短い鼻、太古の奇妙なゾウ・ゴンフォテリウムは何食べた?ゾウ進化史新研究
「歯の摩耗度」とゴンフォテリウムの食性
「ゴンフォテリウムは具体的に何を食べていたのだろうか?」 ── この非常にシンプルだが、非常に示唆に富んだサイエンス的問いかけに、Wu等(2018)は二つの新しいアプローチを用いて挑んでいる。 「歯」の細かな形態からいくらかの推測を行うことはできる。今回の研究チームは歯の表面の「摩耗度」を数値化して、他の様々なゾウの仲間と比較してみている。この中には三つの種のゴンフォテリウムも含まれている。 基本的に化石記録を通したゾウの仲間は、「木の葉食性」(browsing:低木の枝葉や果実をおもに食べていた)と「草食性」(grazing:地面に生える草をおもに食した)の二つの食性タイプに分けられる。そして前者の木の葉食性タイプはおもに初期のゾウの仲間に、そして後者の草食性タイプはより後に現れた(現生種を含む)ゾウの仲間にみられる。 どうしてこうした餌とする植物のタイプが重要なのか? 少しばかりの予備知識が必要になるので以下にまとめてみたい。まずいわゆる「草(grass)」と呼ばれる植物は、分類学上「イネ科Poaceae」に含まれる。現在780属12000種以上が知られる植物の一大グループだ。南極とグリーンランドを除く全ての大陸の40%くらいの面積を占めている。大平原やアジア一帯の田園、そして公園や裏庭の芝生など日常的にどこでも見かけることができる。 ちなみに野生のアフリカ象は、その名もずばり「エレファント・グラス」と呼ばれるイネ科の草を特に好んで食べるそうだ。高さが4~5mにも達する草なので、食事に不自由はないはずだ。一日16~18時間食べ続けなければ、あれだけの巨体を支えることはできないそうだ。 しかし植物の進化上、草は恐竜時代の終盤にあたる白亜紀にはじめて出現し、「草原」として世界規模での分布を実現したのは、新生代の中頃(中新世Miocene) ── わずか約2500万年前 ── と比較的最近のことにすぎない。(注:このころの地球の気候は寒冷化・乾燥化が急速に進んで氷河期時代へと移行していった。その間にそれまで世界各地に見られた大森林が大草原へと変わっていった。) そしてこの草は(他の植物と比較して)「非常に硬い物質」で構成されている細胞の中に微小のシリカ系のガラスのような物質(=「プラント・オパールphytolith」と呼ばれる)をたくさん持っている。突然大量に出現した一見するとおいしそうな非常に硬質のモノを前に、いくつかの哺乳類たちは華麗なる挑戦を試みた。そして草を食生活の一大要素として取り入れることに成功したグループが現れた。 例えばウマやウシ、ヤギ、ヒツジ、そしてゾウ等で、すぐに世界的に大繁栄をとげることになる。こうした哺乳類の多くが大型化し、そして丈夫な脚を手に入れたことも単なる偶然ではないようだ(例えばこちらのウマの例を参照)。 見晴らしのいい大草原での生活では捕食者から姿を隠すことができない。より大きな体や大地を駆け抜ける脚力は、捕食者から身を守るのに役立ったことは間違いない。最終コーナーを大外から韋駄天の如く駆け上がるサラブレットの得意技も、この時代のこの時期にはじめて起こったことを化石記録は示している。一方、シカやサイ等の仲間は森林での生活を引き続き選択し今日にいたる。 硬質の草を何度も根気よく口の中で咀嚼(そしゃく)し、噛みつぶすには新たな歯のデザインが不可欠だった。具体的には歯の表面のフラット化(咀嚼用の面積が増える)、そして歯そのもののサイズの大型化などだ(先述した現生のゾウの歯からもこの事実が分かる)。そのため草を食べていた哺乳類の歯の表面を顕微鏡で観察すると、たくさんの細かな傷(摩耗の痕)が見られる。