《曙vs.ボブ・サップ》格闘技が紅白歌合戦に勝った「伝説の4分間」があった…テレビ史を塗り替えた「知られざる理由」
かつて視聴率80%を超えた国民的番組「紅白歌合戦」が格闘技に数字で負けた「歴史的4分間」があった。その知られざる舞台裏を、12月19日刊行の『格闘技が紅白に勝った日 2003年大晦日興行戦争の記録』(細田昌志著、講談社刊)からお届けする。 【写真】《曙vs.ボブ・サップ》格闘技が紅白歌合戦に勝った「伝説の4分間」 前編記事『《曙が荷物と共に夜逃げ》《幻のタイソンvs.ボブ・サップ》…珍事件だらけの「'03年大晦日興行戦争」舞台裏』より続く。 細田昌志(ノンフィクション作家)/'71年生まれ。『沢村忠に真空を飛ばせた男』(新潮社)が第43回講談社本田靖春ノンフィクション賞、『力道山未亡人』(小学館)が第30回小学館ノンフィクション大賞を受賞
必要不可欠だった「アントニオ猪木」
本来なら「紅白(NHK)対K‒1(TBS)」の一騎打ちという構図でまとまるはずだったが、どういうわけか、日本テレビは猪木祭を放映し、PRIDEヘビー級王者のエメリヤーエンコ・ヒョードルと、新日本プロレスの永田裕志との一騎打ちを実現させたかと思えば、フジテレビはPRIDEを中継し、桜庭和志、吉田秀彦といった人気選手を揃い踏みさせるなど、前代未聞の事態が発生する。一体どういうことだろう。 この時期、日本の格闘技界のアイコンだったのは、意外なことにプロレスを引退したばかりのアントニオ猪木だった。新団体「UFO」を旗揚げした猪木は、'00年にはPRIDEのエグゼクティブプロデューサーに就任し「1、2、3、ダーッ」で大会を盛り上げた。 '01年からはK‒1にも接近し、大晦日に開催された『INOKI BOM-BA-YE2001』(TBS系)では「安田忠夫対ジェロム・レ・バンナ」を目玉カードに据えると、14・9%の高視聴率をマーク、'02年の同イベントでは大晦日における民放テレビ番組歴代2位となる16・5%を叩き出している。この時期、格闘技イベントを開催する上で、猪木の存在が必要不可欠だったのである。
前代未聞の大騒動に発展
実は'03年夏の時点で、アントニオ猪木の身柄を確保していたのは、TBSではなくフジテレビだった。「今年こそ大晦日に格闘技中継をやる」という執念を抱いたフジテレビは、8月のPRIDEの大会で「今年の大晦日の猪木祭はフジで」と猪木本人に言わせてもいる。しかし、そのイベントの主催者が日本テレビと契約し、猪木の身柄まで動かしたことで計画は頓挫。フジテレビは「猪木抜き」のイベントを強行することになる。 その結果、K‒1のTBS、猪木祭の日本テレビ、PRIDEのフジテレビと、3局が格闘技中継に乗り出すことになった。開催に向けて各団体や関係者、テレビ局の思惑が入り乱れ、そこに裏社会の圧力までが加わって前代未聞の大騒動に発展するのである。 では、三つの格闘技中継と激突した'03年の紅白歌合戦は、どんな様相だったのか。 昨年、創業者・ジャニー喜多川による性加害問題が顕在化するまで、紅白歌合戦で欠かせない存在と言えば旧ジャニーズ事務所のタレントだった。'21年は5組、'22年は6組と、白組出場歌手の約3分の1を占めるという完全なる癒着状態にあったが、'03年のジャニーズ事務所の出場歌手はというと、SMAPとTOKIOの2組のみ。この時期は健全にキャスティングされていたと言っていい。 出場歌手も北島三郎、森進一、五木ひろしら演歌の大御所から、安室奈美恵、浜崎あゆみといったトップの人気歌手、テレビ初登場となる倉木麻衣、若者の絶大な人気を博すCHEMISTRY、ゆず、aiko、森山直太朗らJ‒POP、さらに長渕剛の13年ぶりの出場や、この年ブレイクした、はなわ、テツandトモといった芸人軍団など、硬軟織り交ぜた完璧な布陣で、現在のバラエティ偏重の紅白が嘘のような重厚感さえある。 その上「小林幸子対美川憲一」の衣装対決が師走の話題を独占し、大トリは『世界に一つだけの花』が2003年度国内最大のヒットを記録したSMAP。どこをどう切り崩そうと、格闘技中継が紅白に勝つ要素は皆無に見えた。