独立L火の国、小斉祐輔監督は牛タン料理店と二刀流 かつてソフトバンク、楽天でプレー
【あの人に逢鷹(あいたか) ホークス戦士のその後】プロ野球独立リーグ・火の国サラマンダーズに今季、ソフトバンク、楽天でプレーした小斉祐輔監督(41)が就任する。現役時代は“松中2世”と期待された大砲候補だった。引退後は福岡市内で牛タン料理店を営んでおり、監督業との“二刀流”になる。NPBへの選手輩出はもちろん、ホークスのような長く勝ち続けられる雰囲気をつくり上げたい覚悟だ。 真新しい火の国のユニホームを着た小斉監督は野球人の顔に戻った。「選手を輝かせるように頑張っていきたい」と引き締まった表情で決意した。 就任のきっかけはソフトバンク時代の先輩で火の国のGM、馬原孝浩氏の存在だ。親交こそなかったが「優しい先輩」とリスペクトしていた。昨年10月に数年ぶりに再会してオファーを受けた。営む牛タン料理店はコロナ禍を乗り越え、今年5年目になる。「ちょっと余裕が出てきた。5年後ならやってなかったかもしれない。タイミングがベストでした」と引き受けた。 小斉監督は育成ドラフト元年の05年にソフトバンクから育成1位指名された。1年目だった06年5月23日に西山道隆(現ソフトバンク1軍マネジャー)とともに球界で初めて育成から支配下登録された。長打を期待され、12球団通じて育成出身選手の初安打、初本塁打を記録し“育成のホークス”の走りとなった。「どんな形で入っても1軍でプレーできたこと」は誇りだ。先輩には小久保監督や中日1軍打撃コーチに就任する松中氏がいた。「おのおのが役割を果たして勝てるチームの雰囲気があった」。それを火の国でも醸成したいと考えている。 通算165試合、打率・209、7本塁打、32打点。思い描いた成績は残せず、15年限りで楽天から戦力外通告を受けた。現役引退してからは野球とかけ離れた生活を送った。結婚して子供もいたことから「手に職を」と牛タン料理店での修業を選んだ。仙台では1年、のれん分けしてもらった神戸の店舗で3年間勉強を重ねてきた。 20年にオープンした「博多 牛や たん平」は九州最大の歓楽街・中洲にほど近い小さなビルの2階にある。昼頃に店に出て一人、仕込みをする日々。「マシン相手にバッティングしている感じ」と黙々と作業する。監督就任後も店舗は継続。異例の“二刀流”の挑戦だが「自分が熊本と往復するだけですから」と笑い飛ばした。 火の国は発足当初から3年連続の九州アジアリーグ優勝、2度の独立リーグ日本一に輝いた強豪だ。ソフトバンクの3、4軍との公式戦も毎年、予定されており「楽しみ。しっかりしたものを出してあげれば(選手の)アピールにもなる」と先を見据える。火の国からドラフト指名されたのは21年の中日3位・石森大誠のみ。「NPBがベストですけど、人として成長できるようにアプローチできたら」と抱負を口にした。 (杉浦 友樹) ◇小斉 祐輔(こさい・ゆうすけ)1983年(昭58)4月30日生まれ、大阪府出身の41歳。PL学園では甲子園出場なし。同期には今江敏晃(前楽天監督)がいる。05年に東農大生産学部から育成ドラフト1巡目でソフトバンクに入団。1年目の06年に支配下登録をつかむ。11年オフに金銭トレードで楽天に移籍し、15年限りで現役引退。右投げ左打ち。 ▽火の国サラマンダーズ プロ野球独立リーグの「九州アジアリーグ」に所属する熊本県のプロ野球チーム。20年に設立され、社会人野球の熊本ゴールデンラークスが母体。チーム名には「火の精霊」であるサラマンダーのように「苦難に負けず信念を貫く強さを持つ」という思いが込められる。21年からリーグ3連覇。22、23年は独立リーグで日本一。