残念ながら、原始地球の大気に「メタンありき」は、思い込みだった…衝撃的だった「ミラーの実験」が残した「1つの功績と2つの罪」
ミラーの実験「もう1つの罪」
その後、ミラーはユーリーとともに、さらに放電実験を続けます。彼らは化学者だったので、アミノ酸がどのような反応によってできたのかも明らかにすべきだと考えました。そこで、放電実験ではアミノ酸以外にどのようなものができているかを調べました。 その結果、放電を始めるとまず、ホルムアルデヒドと、シアン化水素という分子が増え、そのあとアミノ酸ができてくることがわかりました。このことからミラーらは、この2つの分子とアンモニアが反応して、まず、アミノアセトニトリル(NH₂CH₂CN)という分子ができたと考えました。 この分子に水(H₂O) が作用すると、CNがCOOHに変わって、グリシン(NH₂CH₂COOH)になります(図「ストレッカー合成」)。この反応は、化学者の間ではよく知られているもので、発見者の名前をとって「ストレッカー合成」と呼ばれています。火花放電では熱、光、衝撃波などが発生して化学反応が引き起こされ、非常に多種類の分子が生成するのですが、ことアミノ酸に関しては、こうした既知の化学反応式をあてはめることができると、ミラーらは主張したのです。 このため、その後のアミノ酸合成研究ではほとんどの研究者が、それが原始地球上のものであれ、宇宙であれ、まずはストレッカー合成を持ち出すようになりました。でも、ミラーの実験でアミノ酸が本当にストレッカー合成でできたのかどうかは、実はいまだに証明されていないのです。 アミノ酸合成も実際には非常に複雑な反応となることが多いにもかかわらず、単純な化学式で書き表せるという思い込みを与えたこと、これがミラーの実験がもたらした2つめの、そして最大の影の部分だと私は思います。 生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか 生命はどこから生命なのか? 非生命と何が違うのか? 生命科学究極のテーマに、アストロバイオロジーの先駆者が迫る!
小林 憲正